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2008年3月10日 (月)

想像力の限界--知るとやるとは大違い

熊本県知事選挙に東大法学部教授の蒲島郁夫氏が出馬して話題になっている。週刊朝日,3月7日号の記事を読んで知ったのだが,蒲島氏は日本選挙学会理事長や世界政治学会副会長なども勤めた政治学の泰斗である。熊本出身の同氏は高校を卒業後,農協職員になり,その後,農業青年としてネブラスカ大学に留学。それからハーバード大学で本格的に政治学を勉強して,帰国後,筑波大学に教員としての職を得たというユニークな経歴の学者である。それはそれで興味深いが,ここで書きたいのは彼の経歴や選挙のことではなく,週刊朝日の記事に載っていた「選挙と比べると学者はぬるま湯」という小見出し以下の記述だ。

そこで蒲島氏は選挙の準備段階での様子を説明し,「毎日4時間睡眠です。これからみれば学者生活はぬるま湯でした」と言っている。正直な感想だと思うが,これを読んでわたしは常日頃思っていること,そして,昨年の12月でサラリーマンを辞め,自営業者として3か月弱仕事をしていて改めて強く感じることを再認識した。それは,「頭で考えることと,実際にやることは大違い」ということだ。

医師が癌などになって「初めて患者の気持ちがわかった」というような内容の闘病記などが時々出版される。きちんと探せばその種の本は10冊以上はあるのではないだろうか。わたしはどれもまともに読了したことはないが,そのような本がでるたびに「何を言っていやがるんだ」と思っていた。自分が癌やその他の疾患に罹患し,辛い検査や闘病体験をして初めて「患者さんの」気持ちが理解できた,など,そんな鈍感なことがよくも言えたものだと思うからだ。

自分が直接経験したことしか正しく理解あるいは共感できないのであれば,人間同士,理解しあったりわかりあったりすることは不可能だ。陳腐な言い方だが「子どもを持ったことがない人間に人生がわかるものか」みたいな言い方をする人が時々いる。さすがに最近はそのようなことを言う人は少ないかもしれないが,それでも,「いつまでも結婚しないと半人前」みたいな考えが完全になくなっているとは言えないだろう。

こういうことを言うひとに完全に欠落している視点は,もし「子どもを持ったことがない人間に人生がわからない」のであれば,同様に,子どもを持ったひとは,「子どもを持たずに夫婦2人だけで老後を迎える夫婦の気持ちはわからない」はずだし,結婚を経験したひとは,「一生独身で通した人の気持ちは理解できないはず」だということだ。

何が言いたいかというと,人間の想像力というものがきちんと機能していれば,おかれている立場や状況,能力の異なるひとのあり様や気持ちがある程度は理解できるのではないかということだ。われわれが文学や芸術に親しみ,人生において知恵と呼ばれるものを獲得すべき理由はそのような能力,想像力を身につけるためではないのか。

しかし一方,やって(経験して)みないと本当に理解できない,ということもその通りだと最近つくづく思う。独立するまでサラリーマン編集者として,フリーランスのライター,デザイナー,カメラマンなどに仕事を発注する立場にあり,彼らの「立場」や「仕事のやり方」はかなり理解しているつもりだった。だが,自分が実際にフリーランスになってみると,やはり違う。独立後の生活の様子を十分想像し,シュミレーションしたつもりでいたにもかかわらず,やはり,予想以上にしんどい部分がある。

人間の想像力は偉大で重要だが,それでもやはり,見たり知ったり読んだりするだけと,実際に経験することは大違い,ということか。

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