最近のトラックバック

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

2008年7月

2008年7月27日 (日)

血圧計購入しました

家庭血圧計を購入した。上腕にカフを巻いて計測するもっとも一般的な測定法(オシロメトリック法)の血圧計で5000円程度だった。朝(起床して排尿後,朝食前)と夜(就寝前)の2回測定を1週間連続して測定し,それを年に数回やるのがいいらしいが,続くかどうか自信がない。ただ,測定そのものは簡単だ。

若い頃から健康診断などの血圧測定値が高く出る傾向があり,血圧については時々心配していた。また,父方の血縁者に脳卒中(脳梗塞,脳出血)患者がけっこういるので,脳卒中には気をつけなければと以前から思っていたが,この数か月でさらにその心配が増幅された。

先月,帰省したところ,偶然会った従兄弟(父の兄の長男)が,3年前に脳梗塞で倒れ,右半身に麻痺が残っていることを知った。徒歩10分くらいの距離を歩いてわたしの実家に来たので日常生活は自分でこなせるのだろうが,10歳くらいしか年が違わない従兄弟が障害手帳を持っているのを知りショックを受けた。子供が小さいので65歳までは現役で仕事をしなければならない自分にとって,障害が残るような疾患やケガは絶対に避けたいアクシデントだ。そして今の自分には,脳梗塞リスクを減らすことが最も重要と考えた。それには血圧管理が最重要だ。

そんなことを思っていたら,米国心臓協会(AHA),米国高血圧学会(ASH),米国介護予防心臓血管看護師協会(PCNA)が最近,家庭血圧測定を実地臨床に生かすことを求めた共同ステートメント(実施要請;Call to Action)を発表したことを知った。“Call to Action on Use and Reimbursement for Home Blood Pressure Monitoring:”というタイトルだが,5000円弱の血圧計だから払い戻し(reimbursement)することはそれほど重要と思えない(少なくとも日本では)。ただ,血圧管理をきちんとやって,脳卒中を減らすことは本当に重要だとわが身にひきつけて感じているこの頃である。

2008年7月22日 (火)

Vytorinまたもおかしな結果-SEAS Trial

Vytorin(エゼチミブとシンバスタチンの合剤;エゼチミブは日本ではゼチーアとして販売されている)を試験薬とした臨床試験がまたも奇妙な結果をもたらしたらしい。昨日(7/21日),ロンドンで発表されテレビやネットで話題になっている。またも,というのは,VytorinはENHANCEという試験でもいい成績を示せなかっただけでなく,そのデータ提出のやり方に対してスポンサー企業がかなり批判を浴びたからだ。

今回のSEAS study(Simvastatin and Ezetimibe in Aortic Stenosis)は,1800例を対象とし,Vytorin投与群とプラセボ群を比較したもので,1次エンドポイントのaotic stenosis (AS;大動脈狭窄症)の進行において,両群で差が認められなかったという。2次エンドポイントのischemic events(虚血イベント)では,Vytorin群で有意な低下(15.7% vs 20%)ということである。

もう1つ奇妙な結果として,新規の癌発症例がプラセボ群では67例だったのに対し,Vytorin群では106例もあり(癌発症リスクが50%以上高い),この解釈をめぐってもこれから喧々諤々と議論が始まりそうだ。

今回の結果を発表したのは,Ulleval University Hospital (ノルウェー・オスロ)のTerje Pedersen博士だが,SEASとENHANCEでは対象患者,エンドポイント,試験デザインが違うので,今回の試験結果をENHANCEと比べて議論するのは無意味だと言っている。

ただ,クリーブランドクリニックのNissen博士(いろんな大規模試験で登場する大物だが,ENHANCE,SEASには関わっていないようだ)の,「ENHANCEとSEASには共通点がある。それは,どちらの試験もprimary endopointで結果を出せなかったことだ」という指摘は痛いところをついたコメントだと感じた。

昨夜,深夜のテレビでCNBCニュースを聞いていたらこのニュースが大きく流れており,MerckとSchering-Ploughの株価が表示されていた(もちろんそのときは下がっていた)。Merckと言えば人員削減が始まっており,日本の万有製薬でも自主退職が募集されるとかすでに始まっているとかを最近聞いた。どこもたいへんだなあ。

2008年7月18日 (金)

ほんまかいな

日経新聞のサイトを見ていたら<「せっかち」「怒りっぽい」男性、心筋梗塞リスク低く 厚労省研究班 >という記事が目についた。厚生労働省研究班(主任研究者・津金昌一郎国立がんセンター予防研究部長)18日発表した疫学調査の結果だそうで,<自分の性格を「せっかち」「怒りっぽい」などと考えている日本人男性ほど、心筋梗塞になるリスクが低くなる>ということらしい。この記事しか読んでいないので詳細はわからないが,ほんまかいな?と疑問に感じた。

この記事にも<欧米の研究では、せっかちで怒りっぽい人ほど心筋梗塞リスクが高くなることが知られている。今回の研究はその定説を覆すもので、>とあり,<研究班は「感情の表し方が文化によって異なることが影響しているのではないか」と分析している>とのことらしいが,どうも納得がいかない。

わたしは自分がせっかちで(せっかちと言われる大阪人のなかでもせっかちなほうだ)怒りっぽいことを知っているので,心筋梗塞や脳梗塞リスクが高いと思っているし,実際,血縁者にも両疾患のいずれかあるいは両方になり,治療中や亡くなった人間がいる。したがって,この記事はわたしにとって朗報ではあるが,どうもヘンな気がする。詳しい内容を調べて読んでみようと思う。

2008年7月 4日 (金)

ハンセン200メートル出場権喪失で思うこと

北京オリンピックがあと1か月ほどで開催される。わたしは熱心なスポーツファンではないが,夏冬のオリンピックはそれなりによく観るほうだ。もちろんテレビで観戦するだけで実際に会場に観戦に行ったことはない。

平泳ぎの200メートルで北島の最大のライバルと目されていた米国のハンセンが代表選考会で4位になり200メートルの出場権を得られなかったというニュースを見た。これを聞いて思うのは,米国の五輪代表選出方法の公平さだ。すべての競技がそうであるのかどうかは知らないが,米国では1回の五輪代表選考会の結果で代表を決めてしまうらしい。そういう選考方法が世界中の国の主流であるのか,あるいは,むしろ例外であるのかについても知らない。ただ,日本の五輪代表選手の選考において,過去の実績をとるか,直近の記録を取るか,などが問題になるときがままあり,そのような場合,わたしは米国流の1発勝負の潔さと合理性を評価したくなってくる。

米国のようなやり方をよしとしない人の反論としては,1) 1回の選考だけで決めてしまうのは大舞台での経験や過去の実績を考慮に入れないのでむしろ不合理あるいは可愛そう(特に実績のあるしかもまだ年齢的にいい成績が期待できる選手にとって),2) たまたま代表選考会の調子がいい,いわば,まぐれで1位になったような選手を代表とするのも不合理あるいは不公平,というようなものが考えられる。

しかし,ちょっと冷静に考えれば分かることだが,オリンピック自体が究極の1発勝負である。つまり,オリンピックでいい成績を出すためには,大舞台の1発勝負に強い(そのときに十二分の力を発揮できる),あるいは,そういう大会へ向けての調整が上手いことが必須条件である。したがって,その代表を選ぶにあたっても,1発勝負の選考会で選ぶほうが,オリンピックに出て勝てる可能性の高い選手を選べる率が高くなるのではないか。少なくとも,日本のような選考方法のほうが,「獲得メダルの数を増やすためにはより合理的」とは言えないのではないか。

ハンセン選手がオリンピック200メールの出場資格を得られなかったのは残念で可愛そうな気はするが,ハンセンを破った米国の代表選手が,北島を破って優勝する可能性はないとは言えない(もっとも,ニュースで読んだ範囲では,ハンセンが選考会で4位になったのは,3位までの選手の記録が抜群に素晴らしかったからというわけではなく,ハンセンの調子が悪かったようだ)。

柄にもなくスポーツの話題について書いたが,ドーピングについてもわたしはおそらく一般には受け入れてもらえないような意見を持っている。それについてはいつかまた気が向いたら書くつもりだ。

2008年7月 1日 (火)

バンジージャンプの衝撃

サラリーマンを辞めフリーランスとして独立してちょうど半年が経過した。1月11日に「男はつらいよ」というタイトルで書いた文章の予想(?)通り,3月くらいまではバンジージャンプで飛び降りてまだ空中を漂っているような開放感と恐怖の混じった気分だったが,4月に入り,減っていくばかりの貯金通帳の数字と反比例するかのように震度の大きい衝撃を感じ始めた。

とりあえずまだ仕事は続けているのでロープが切れて墜落はしていないが,地上直前まで落下する際の最初の衝撃を感じたのは,3月の下旬に,5月初めに予定されていた海外取材のキャンセルがあったときだ。一旦決まった仕事がキャンセルされたり,当初言われていた仕事量よりもはるかに少ない量になることはありうることで,仕方がない部分もあるが,一人で仕事をしている身としてはその仕事からの売上げを「当てにして」いたり,「計算に入れている」ところがあるので生活に大きな影響が出てしまう。全く情けない限りだが,つい最近も7月の仕事として計画していた仕事の量が,当初約束されていた量の半分以下に減るということがあった。これに関しては,収入の減少で困ることよりも,その程度のことで動揺している今の自分の状態を情けなく思った。

サラリーマンを辞め,精神的にラクになったことも多いが,別の次元で苦しくなったことも大きい。人間関係,経済的(収入的)な問題,仕事のしんどさの質の違い。実感としては,サラリーマン時代の半分の収入(実質収入のことであり請求額のことではない。サラリーマンの手取り収入に相当)を確保するには,2倍働かなければならない感じだ。2分の1の収入を得るのに2倍だから,同じキャッシュフローを維持するには4倍働かなければならないことになる(これも,仕事があれば,という前提だが)。しかし,1日は24時間しかないので,4倍の時間働くのは不可能。労働時間としては2倍が限界だ。

これも以前,恐ろしいデータという文章に書いたが,個人事業を開業して30%くらいの人が1年以内に廃業している。これからの半年で自分がその30%に入るか,あるいは70%の1-year survivorになるかが決まる。

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »