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2008年10月

2008年10月29日 (水)

スタジオアリス-後日譚

後日譚と書くとオーバーだが,カイロ出張中に,先日スタジオアリスで撮影した七五三の写真(アルバム)が仕上がった。前のエントリーでスタジオアリスについて書いた際,最後に「サービス版程度のサイズのアルバムと,2カットのアルバム2つ(中略),以上と撮影料,貸衣装代,着付け代など混みで5万数千円だから高くはない......」と書いたが,出来上がったのはサービス版どころか,30cm四方程度の立派な本格的アルバムだった。全4カットのそのアルバム1冊と2カットのアルバム2冊,それに,2L判程度の写真2枚を入れた額1つ。写真の仕上がりも素人目にはよく撮れていると思った。お宮参りのときは息子のときも娘のときも,ホテルに入っている「本格的」写真館で撮影してもらったが,撮影後の納品アルバムはスタジオアリスと同程度で,確か10万円以上は支払った記憶がある。別にスタジオアリスに金をもらっているわけではないが,コストパフォーマンス的にはやはりすばらしいサービスだと改めて感心した。

ところで,後日譚といえば,3日前に帰国したカイロ出張のほうがいろいろと書きたいことがあるのだが,来週からフィラデルフィアへ出張があり,その前の仕事処理と出張準備などでバタバタしているのでしばらくはブログ更新はできそうにない。

フリーランスにとって一番重要な「経営課題」は健康維持であり,そのことは1月に独立してから常に頭においてきたつもりだが,最近,その重要性を再認識させられている。

2008年10月22日 (水)

カイロから-目前のピラミッドの存在感に圧倒される

Imgp0359_4 Imgp0390_2 第38回国際尿禁制学会(Internationa Continence Society;ICS)取材のため月曜日からエジプトのカイロに来ている。本格的な取材は今日からなので,昨日は有名なギザの3大ピラミッドを観に行った。写真やテレビでしょっちゅう見る有名な観光スポットだが,一番大きなクフ王のピラミッド(146メートル)のそばまでいって材料の石などを直接手で触り,上部を見上げたときはその圧倒的なスケールに圧倒された。時間がなかったので内部の見学まではできなかったが,10数メートルあたりまでは上れるように石が階段状に削られてある(これはもちろん,後で観光用になされたものである)。近くで見るとピラミッドの傾斜角度の急なことにも驚かされた。ガイドブックによると51度とのことだが,たしかにスキーなどに行って40度のゲレンデにたつと体感としては直角に感じる。ピラミッドは51度だから下から見上げれば非常に急な「建物」だ。こんな巨大なもの(1つ1つの石は3トン~15トンにもなるという。それが何百万個もつみあげられている)がよくも4000年以上も前に作られたと思う。

肝心の学会のほうは排尿(おしっこ)の学会だ。今回の仕事は取材および写真撮影のみで,自分が記事を書く必要はないので,抄録等をまだじっくり読んではいないが,トピックス演題があればいくつか書いてみるつもりだ(このエントリーで終わりになってしまう可能性もあるが)。

2008年10月17日 (金)

スタジオアリスでの七五三撮影-手際良さに感心

今年は息子(12月で満5歳)と娘(来年1月で満3歳)の七五三を祝う年なので,体育の日の13日,七五三の記念写真撮影のためスタジオアリスに行った。小さい子供を持つ人ならご存知だろうが,スタジオアリスは子供専門の写真スタジオとしてここ10年のほどの間に急成長した会社だ。わたしも子供を持つまでこういう写真館の存在すらしらなかった。

朝10時の予約だったが,前日に確認の留守電が入り,明日は混むので終わるまでに3時間くらいかかるかもしれません,というメッセージが残っていた。たかだか4~5カットの写真を撮るのにそれほど時間がかかるのは複数の客を同時平行でさばくためだろうと覚悟して行ったが,社員の手際よさに感心した。

昨年サラリーマンを辞めて以来,10か月ぶりに背広,ネクタイ姿で行くと,さっそく登録用紙のようなものに名前,住所などを書かされ,すぐに備え付けの衣装選び。娘にはタレントのベッキーがデザインしたという和服,息子は紋付袴みたいなやつを選ぶと,すぐに着替え室に女房と3人で消えていった(男はその部屋に入れない)。そして,ものの10分もしないうちに,髪型を一丁前にセットし,口紅などもつけて着飾って出てきた娘を見て親バカ承知で可愛いと口に出してしまった。息子は売れない落語家みたいな格好だったが,男の子はまあ,あんなものだろう。

その間にもスタジオでは別グループの撮影が平行でどんどん進行し,わたしの家族の番もほどなくやってきた。写真に関してはおそらく素人の女性従業員が,子供をあやしながら,各カット数回~10回くらいシャッターを切って,撮影時間そのものは30分もかからなかったのではないか。ピントやライティングなどは事前に設定してあるからだろうが,撮影している女性はシャッターのタイミングのみに集中していた。そのあとすぐに,横のパソコンで写真を見せてもらい,気にいったものを選択。仕上がりのアルバム種類や数を確認して,11時半には終了していた。

行く前はあまり気乗りしなかった撮影だったが,終わってみると結構満足感が高かった。こういう撮影はおそらく写真のプロや,アマチュアでも写真に興味のある人はバカにするのだろうが,仕事で写真を撮ることが少なくないとはいえ写真そのもにはあまり関心のないわたしには,従業員の愛想のよさ,手際のよさ,テンポのよさに好印象を持った。写真撮影という狭い部分での技術・サービスにこだわらず,七五三の記念撮影というトータルのイベントしてのサービスを提供しているということが十分伝わってきた。

4カット(家族の集合1,子供2人の写真1,子供一人ずつの写真それぞれ1)の写真をすべて貼ったサービス版程度のサイズのアルバムと,2カットのアルバム2つ,それと何枚かのサービスプリント,以上と撮影料,貸衣装代,着付け代など混みで5万数千円だから高くはない気がした(もちろんもっと高いコースもあるが,わたしのところは安いほうから2番目のコース)。

このような写真館を考えた会社の社長はどういう人かと検索してみたら,こういう記事を見つけた(この会社が東証1部に上場しているということにも驚いた)。記事に書いてあることはなんでもないことのようだが,そのアイデアを実行に移し,形にするまではたいへんな工夫と知恵を使ったのだろうと思う。

知り合いのプロのカメラマンにこの撮影のことをメールしたら「自分たちの仲間うちでもスタジオアリスのことは時々話題になる。周りの写真館は大打撃だ」というようなことを書いてよこした。だが,カメラの性能がこれほど良くなってきている今,誰が撮っても仕上がりにたいして差はないというのが事実ではないだろうか。それならば,うるさい職人気質の写真屋のオヤジに細かい指示を出されてポーズをとったりやり直しさせられるより,スタジオアリスのような楽しい速攻撮影のほうが流行るのは当然だろう。

わたしは“商売は所詮騙しだ”という考えをどうしても克服することができない人間なので,お客様のためになどという言葉を素直に信じられない性質だが,スタジオアリスのサービスはこちらをいい気分にしてくれるものであったと満足している。

もっとも,肝心の仕上がり写真をまだ見ていないので,アルバムを見てなんじゃこりゃ,と感じる可能性はゼロとは言えないが。

2008年10月14日 (火)

ノーベル賞受賞者に教育論を聞くことの意義-あまり意味ないような気がするが.....。

物理学賞3人,化学賞1人と日本人研究者のノーベル賞受賞のニュースが続き,ここ数日,新聞やテレビは受賞者へのインタビュー記事や座談会記事でいっぱいだ。受賞対象となった研究の内容などはさっぱり理解できないが,日本人としてなんとなく嬉しい気分になるのは,オリンピックで日本人選手が金メダルを取って喜ぶのと同じ心理状態かとも思う(物理学の南部氏は米国籍を取得しているが,米国は二重国籍を認めているから日本人としての国籍も保持しているはず。もっとも,米国のメディアでは物理学賞は日本人2人と米国人1人と報道されたそうだ)。

ただ,ノーベル賞受賞者が出るたびに日本の教育について何かご意見を,と受賞者にインタビューし,その答えをありがたく拝聴するのはどれほどの意義があるのかといつも思う。今回は,受賞の数日後に益川氏,小林氏が塩谷文部科学大臣を訪問した際の,特に益川氏の発言が翌日の朝のワイドショーで取り上げられていて,みのもんたが「良いこというねえ」と軽いノリでコメントしていたのが印象に残った。

一芸に秀でた人の意見というものは傾聴に値する言葉が多く,その意味でノーベル賞受賞者という知の頂点を極めたひとの意見が貴重なものであることに異論はない。しかし,ノーベル賞を受賞するような人はいわば天才だ。あるいは非常に天才に近い頭脳と大きな運を持った人たちだろう。そのような人たちの意見を参考にして改善される次元の教育とみのもんたがワイドショーで「良いこというねえ」と感想を述べた際に対象として想定される教育とは全然別のものではないのか。

例えば,うろ覚えなので正確でないかもしれないが,益川さんは,今のテストは採点者の採点のしやすさだけを考えて試験問題を作っている。本当に学生に考えさせる問題を課していない,というような意味のことを言っていたように思う。これは,型式的にはマークシート方式とか○×式,選択式の試験問題のことを指しているのだろう。この指摘はおそらく正しいし,個々の学生がもっと自分の頭で考えるような設問や課題設定が重要であることもその通りであろう。しかし,このアドバイスを聞いて,実際の教育現場で何か役に立つだろうか。

受賞者へのインタビューはめでたい受賞の儀式みたいなものだから,このようなことを書くのは無粋なのは承知しているが,ノーベル賞に限らず,立派な賞を受賞した人から,妙に人生論的意見や教育論的意見を聞き出そうとするメディアの姿勢がなんとなく気にいらない。

益川氏の「教育論」が間違っていると言っているのではない。そんな恐れ多いこととても申し上げられません。しかし,冷静に考えてみると,確かに大学の先生を続けてこられた人だから,学生の教育にも日々関心は持っておられるのは違いないとはいえ,やはり対象が違う。すでに選抜された優秀な学生を相手に教育や研究を続けてこられた人たち(ノーベル賞を受賞するようなレベルにある人たち)と,現在の日本の「末端」の教育問題とはやはり距離がありすぎる気がするのだ。

しかも,このような人たち( = 独創的な研究をして賞などをもらった人たち)の言うことは実際,きわめてよく似ている。曰く,自分の頭で考えるべき,答えのある問題ばかりに挑戦していてはいけない,etc., etc。そういえば,青色ダイオードを発見して今はアメリカの大学の教授として活躍している中村修二氏も以前,激しい「教育論」をぶっていたなあ(わたしは聞いていて白けた気持ちになったが)。

益川氏は別のところで,受賞内容が若い人に理解できるかというような質問に対して「すごいことが起こっているということだけが伝わればいい。知ったかぶりをすることが大切。そうすればいずれわかるようになってくる」というような言葉を残されたが,これなどは名言だし,わたしは感動した。「知ったかぶりをすることが大切」というフレーズが素晴しい。

2008年10月 3日 (金)

ネット難民をメシの種にする弁護士-ネットカフェの広告にびっくり

今、都内のネットカフェ(昔は漫画喫茶、マンキツなどと言っていたのだろうが最近はネットカフェのほうが一般的だろう)にいる。ある学会の取材があり、昼過ぎに終わったのですぐに事務所に戻って仕事をするつもりだったが、事務所に戻っても寝てしまいそうなので、久しぶりにネットカフェに入ってみた。本でも読みながら、眠くなったら眠るつもりで、イス席ではなく、フラットな個室に入った(床は畳ではなく、ビニールの安っぽいマットのようなもの。広さは半畳くらいか。ネットカフェに入ったことのある人ならわかるだろうが、横になってそなえつけの毛布をかぶれば「ホテル」代わりに使える)。

ネットカフェで寝泊りして日雇い仕事で生活をつないでいる「ネット難民」のことはもうずいぶん前から話題になっているが、今日、数か月ぶりにはいってみて驚いた。個室に備えてあるパソコンのキーボードの上に、A5(ハガキサイズ)くらいの小冊子がおいてあったからだ。「返済に困ったときの借金解消 法律アドバイス」(弁護士法人 アディーレ法律事務所)と書かれたその冊子は、多重債務を解決する方法として、自己破産、民事再生、任意整理などの手続きをお手伝いします、という弁護士の広告なのだ。この冊子は誰かの忘れ物ではなく、この法律事務所がネットカフェに依頼して置いてあるものに間違いない。なぜなら、あいている隣の部屋とその隣の部屋を覗いてみたが、いずれの部屋にも同じ冊子が、同じ位置(キーボードの上)にまっすぐ置かれていたからだ。

このアディーレ法律事務所というのは、石丸幸人という人が代表弁護士で、テレビ「スーパーモーニング」にレギュラーコメンテイターで出演中とあり、本人の写真も冊子に載っている。言われてみれば見たことのあるような顔だ。

多重債務に困っている人がたくさんいるというのは事実だろうし、弁護士のおかげで助かる人がいるのもそのとおりなのだろうが、ネットカフェにこのような冊子を置いておくとは、なんともナマナマしい印象を受けた。

広告というものはprospective customers/clients(見込み客)がたくさんいそうなところに出すのが鉄則だから、ネットカフェに自己破産お手伝いの弁護士事務所の宣伝パンフを置くのはマーケティングの合理性に則ったものなのだろう。確かに、大学受験の合格発表の日に、予備校のチラシが配布されたりすることは普通に行われているだろうし、その程度であればわたしも驚かない。

しかし、ホスピスの前で葬儀屋がチラシを配っていたらどうだろうか。この喩えが的を得ていなければ(的は射るもので、的を得る、は間違いらしいが、どうもふだんは、的をえた、と使っている気がする)、労働条件の過酷な会社(いわゆるサービス残業が多い「名ばかり」店長の多い会社など)の前で精神科医院やメンタルヘルスクリニックが「うつ病の相談はお早めに」というような冊子を配っていたらどうだろうか。

多重債務者をターゲットにした借金解消法律アドバイスの宣伝冊子をネットカフェに置くことは、的を得ている。いや、得過ぎているのだ。

そこには、ただの商売人ではないプロフェッションとしての弁護士という職業の矜持とか抑制が全然ない気がする。卑しいのだ。本当は、この弁護士事務所にも多少の躊躇や良心の呵責のようなものがあったのかもしれない。なぜなら、冊子の裏表紙の下のほうに「この度のご案内、債務整理当がご不要な方には、誠に失礼申し上げました」という言い訳のような一文が入っているからだ。

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