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2009年2月 3日 (火)

ブログを書く理由-準備体操としてのブログ

昨年1月に独立し,このブログを始めた頃,京都に住む知人から「一生懸命ブログを書いているようだがそんな時間があるならもっと仕事をしろ。自分の家族もちゃんと守れないでいて自分の好きなことをするなんて間違っている」という内容のメールをもらった。フリーランス生活の苦しさを愚痴る内容が多かった頃だ。経済的に苦しい状況は今も変わらないが(苦しいというより不安定な状況というほうが正確だ),このメールをもらったとき,この知人は誤解していると思った。

まず,わたしがブログの更新にかける時間はそれほど長くないし(エントリーの更新は昨年の場合,平均して週1回,月に4~5回だ),ブログを書くのをやめ,その分,仕事に精力を費やしたとしても,収入アップにつながるような変化があるとは考えにくい。

ブログを書く理由・目的は何か。率直に言って,たいした理由などない。強いて言えば気晴らしだろう。恥ずかしいのでカウンター表示をしていないが,アクセス数はわかるので,それほど多くの人に読まれているわけでないことはわかっている。

多少積極的な理由を考えるとすれば,文章を書く準備体操だろうか。わたしの場合,仕事の大半が文章を書くこと(翻訳や原稿執筆)なので,スポーツ選手が準備体操や筋肉トレーニングで体力維持に努めるように,文章を書く「体力」を維持することは不可欠だ。これは「文章力」のことではなく(そんなもの,残念ながらわたしにはない),文字通り,キーボードに文字を打ち込む作業を維持する「体力」のことだ。文章を書くことに対する億劫さの克服,と言ったほうが正しいかもしれない。

いろんな偶然から今のような仕事をするようになったが,わたしは,文章を書くことを自分がそれほど好きでないことは十分知っている。読むのはかなり好きだと思うし,他人の文章の上手い下手,センスのあるなしを見分ける感覚は持ち合わせていると思う。

しかし,自分で文章を書くのは辛い。辛いだけでなく恥ずかしい。他人の文章を読んでいると,「はあぁ?」,「なんじゃこりゃ?」,「なんてへたくそなんだ」と思うことがよくあるが,自分のブログを時々読み返すと,誰もいないのに赤面してしまうことが多い。最近続けて書いた,派遣切りや中谷巌氏の懺悔についての文章をさっき読み返してみて,「~が理解できない。」で終わっている文章が繰り返し出てくるのに笑ってしまった。

2月最初のエントリーがこれじゃあ,このブログもいつまで続けられるやら,先が思いやられる。

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