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2009年7月

2009年7月28日 (火)

親の介護問題-①

親の介護という今の日本で“最もホット”な問題に直面している。母親はわたしが独立する3か月ほど前に心筋梗塞で倒れ,以来,頭はクリアだが心不全や脳梗塞,糖尿病,骨粗鬆症など,病気のオンパレード。父親は10年ほど前に脳梗塞を2度やり,身体麻痺はないものの脳血管性の認知症がここ3か月で急速に進んできた。

わたし自身は関東に住んでいるので,関西で2人暮らしをしている親をみているのは,親と同じ市内に住む兄夫婦(実務は義姉)と隣県に住む姉で,わたしは遠くから気楽な立場でいろいろ考えているだけだ(としか人には見えないだろう)。それでも,この2年間,平均すれば毎月1回は帰省し,1~3泊くらいはするので,時間的,経済的負担はそれなりにある。

父親が排泄を自覚的にコントロールできなくなり,大・小とも汚すことが多くなった。紙オムツをシブシブはかせ,母親との2人生活を続けていたが,母親が再入院(2年半前から数えれば,再々々々.....入院)し,入院期間が長期になりそうなので,2人暮らしも限界と判断し,父親を施設に入居させることになった。

それにしても,介護問題は難題だ。金,時間,人間関係(兄弟・姉妹や夫婦関係).....。

事故や病気,あるいは癌などで介護問題が発生する前に親が亡くなる「運のいい」人を除けば,われわれすべてがいずれ関わり,なんらかの対応をせまられる問題だ。しかも,明日はわが身であり,いずれ自分も介護される立場になる。ならないで済めば幸せだが.....。

書きたいことは山ほどあるが,締切を過ぎてやり残している仕事があるので,じっくり書いている時間がない。にもかかわらず,読めもしない介護関連の書籍をアマゾンで10冊近く発注し,ネットで介護や施設の情報を収集している。

ヘルパーさんや介護施設で働いている介護士さん,看護師さんなどには本当に頭が下がる。自分の親でさえ,汚物を処理したり糞便で汚れた身体を洗うのは楽しい作業ではない。介護施設にもさまざまな種類があり,それこそピンキリであるし,介護の仕事に従事している“介護のプロ”と呼ばれる人たちも,実際は,不況で仕事を失ったために人手不足の介護業界に「介護でもするか」,「介護の仕事くらいしかない」という動機で入ってきている人がいることもわかっている。もちろん,本当に“介護のプロ”と呼べる素晴らしい人もいるだろうが,そういう人はまだまだ少ないに違いない。

介護をささえる今の日本の制度や環境に改善余地が多いのはそのとおりだが,介護問題への対処は,最終的には個々の問題だと思う。現時点で介護問題(眼前にある具体的課題や将来の自分の問題として)をどう捉え,どう対処するのか,あるいはどのような準備をするのか。これから20~30年の間の日本人にとって,介護問題はわれわれ個人の生き方(死に方)や人間性を試される試金石になると思う。

極端な言い方をすれば,順風満帆な人生を送ってきた人でも,介護が必要になってから最後の10年がガタガタであれば,良い死に方はできないし,逆に,一般的な意味で成功した人生とは言えない人でも,それなりに暖かく自分が満足できる介護を受けて死ぬことができれば,人生の逆転サヨナラヒットを打ったことになるかもしれない。

最後に1冊だけ,オススメの本(雑誌)を書いておきたい。昨日届いて通読した1冊だ。介護する時される時 突然でも慌てない! (TJ MOOK) (ムック) 。発刊されたばかりなので,最新の情報が載っていて役に立つ。

2009年7月14日 (火)

床屋談義---溺れかけている人間のあがきのような自民党---梅雨明けまだかよ

あまり良い忙しさではないのだが,最近バタバタとしていて,あっという間に「もう夜か」という日々が続いている。それでいて,仕事も用事もはかどっていない。どうもよくない。体調もいまひとつだが,これは気候のせいだろう。梅雨明けはまだだろうか。今年は例年に比べてどうも湿気が多い気がする。

わたしは東京都民ではないので,都議選は関係ないのだが,最近の政局報道を見聞きしていると,自民党は本当に末期症状だという気がする。失礼ながら,議員という人たちはなんであんなに頭が悪いのだろう?と本当に疑問に思う。今朝だったか,テレビのニュースを見ていたら,「麻生おろしを強く主張することはかえって自民党に対する逆風を強くする,と若手議員が気づき始めた」とかそんな内容のことをアナウンサーが言っていた。これなど,今頃やっとわかったのか,お前らホントにバカだろ,と言いたくなる。

名前は書いていなかったが,羽交い絞めにしてでも解散を阻止するなどと言っている自民党派閥の領袖もいると都議選の翌日の新聞で読んだ。

溺れかけているときは,ジタバタ動くとよけい沈むだけですよ。今解散するのは自殺行為,などと言っているやつもいたが,任期満了まで引き伸ばしたって,9月までなんだから,その間に何をやれると思っているのだろうか。麻生氏の代わりに,誰か人気のある人(小池百合子氏,石原伸晃氏,舛添要一氏,などか?)を総裁にすれば,自民票が増えるとでも思っているのだろうか。あるいは,ギリギリまで選挙を延ばして,その間に民主党議員のスキャンダルを必死に探して,メディアにリークしようとでも考えているのだろうか(これは,マジで考えているかもしれない。これから,8月30日の衆議院選挙までの間でもいろいろ出てくるんじゃないだろうか)。

民主党が政権を取った場合のことを考えて不安を抱かない人は誰もいない。義務教育レベルの思考力がある日本人ならそんなことは誰でもわかっている。それでも,今の自公政権が続くよりはまだなんか変わるんじゃないか,もうウンザリ,というのが日本全体の雰囲気なんだと思う。それを,総裁を変えようとしたり,選挙を延ばしたり,東国原宮崎知事に出馬を要請したり,そんな小手先の戦術ばかり考えていることが,自分たちのイメージを逆に悪くし,票を減らしているのがどうしてわからないのだろうか。

追記:このエントリーをアップしてから,ニュースを見ていたら,関東甲信が梅雨明けと出ていた。平年より6日早いそうだ。関西はまだなのに。

2009年7月 1日 (水)

社会保険庁からの嬉しくない「誕生日プレゼント」-ねんきん定期便

今年ももう半分過ぎてしまった。終わってみればアッという間だが,後半の半年(とその先,20年近く)のことを考えると疲れがどっと出てきてしまう。まあ,心配しても仕方ないことがほとんどだが。

6月はわたしの誕生月だったが,社会保険庁から嬉しくもない誕生日プレゼントが届いた。ねんきん定期便,である。今年度から誕生日の月に送られてくるそうだ。過去の年金加入記録と将来の予定受取金額などが書かれている。すでに多くの方が受け取っているだろうが,わたしの場合,2008年1月から国民年金だけになっているので,ほぼ予想通りではあったものの,その受取(予定)額の低さに改めてショックを受けた。しかも,今でいうフリーター的生活を30歳くらいまでしており,サラリーマンとして厚生年金をきちんとかけた期間が15年程度しかないので,あと10年近く,国民年金を払い続けないと,これまでの掛け金はすべて水の泡になる(25年以上,掛け金を払わないと一銭もでない)。

これについてはすでにいろんな批判が出ているようだが,25年払わなければゼロ,というのはふざけんじゃねえ,と言いたくなるほどひどいしくみではないだろうか。年金に関しては,積立式,賦課式,とか,専門的にはいろいろな議論があるらしいが,民間の保険でも,満期前の解約は,かなり減額されるとはいえ,ゼロにはならないだろう。あるいは,わたしも加入しているが,個人事業主などが自分の「退職金」を作るために積み立てておく,小規模企業共済(監督官庁は経済産業省だったと思う)も,1年(12か月)以内に退会した場合は,ゼロ(掛け捨て)になるが,1年を越えると,相当減額にはなるとはいえゼロにはならない。

そもそも,こういう「ねんきん定期便」のようなものが今まで送られてこなかったこと自体がふざけた話だと思う。

すでに何年か前,明らかになって物議をかもしたことであるし,ネットにもたくさん出ているので知っている人も多いと思うが,「厚生年金制度回顧録」に掲載されている,花澤元厚生省年金課長の国会予算委員会での発言(『集めた年金保険料はどんどん使って、後で年金支払いのときに困るようなことになれば、賦課式にすれば良い』)は,日本(人)の恥部として永久に記録されておくべき発言だと思う。

Googleで検索すれば,いろんなところにでているが,知らない人のために2つほどURLを貼っておきます。

http://nuttycellist.blog77.fc2.com/blog-entry-524.html#comments

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20070629

などのブログで詳しく取り上げられている。

ところで,このねんきん定期便には,これまでの加入実績に応じた基礎年金額と厚生年金額から受け取れる合計額(年額)が記載されており,その下に「上記の金額を,仮に20年間受給した場合の合計額は○○○○円になります」と書いてある。そして,そのさらに下に,「(参考)これまでの保険料納付額」,という欄があり,保険料納付額の累計額が書いてある。

「仮に20年間受給した場合の合計額」をこんなふうに,わざとらしく,目立つように書く意味が一体どこにあるというのだ。例えば,これまでの加入実績から年金の年額が100万円と出ている人の場合,「20年間で2,000万円貰えますよ,なのに,保険料納付額の合計は(例えば)800万円ですよ,だからお得ですよ,損はしていませんよ」と伝えたいのだろうが,バカにするのもええかげんにしてほしい。

「仮に20年間受給した場合」といちいち説明されなくても,受取予定年額 X 年数で,合計額などはだれでも暗算で計算できる。実際は,65歳から年金を受け取り始めて68歳で亡くなる人もいれば,90歳過ぎても生き続けて,受給が続くひとがいる。そんなことは誰でもわかっているし,20年受給したら掛け金の2倍以上もらえることになる,と知って,年金に対する考えが好意的に変わる人でもいると思っているのだろうか。

積立式,賦課式,税方式,と資金の投入の仕方はいろいろあるし,その技術的な差や個々の問題点についてわたしは議論する知識はないが,全体として,年金が(健康保険もそうだが)相互扶助である限り,支払った金額の総額と受け取る金額の総額の比率に,個人個人の差があるのは不可避だ。もっとも,今一番大きな問題は,世代間格差,つまり,わたしの親のような世代は(平均年齢ぐらいまで生きた場合),かけ金総額の数倍以上の年金を受給するのに,わたしやわたしより若い世代は,2倍とかひょっとしたら2倍以下,下手をすると掛け金総額よりも少ない金額しか受け取れない,という不安があることだろう。

ただ,少子化の問題や経済の状況(これは年金資金の運用成績にも関係する)もあり,世代間のある程度の差は仕方ないのではないかと思う(その「程度」がどのくらいまでなら許容範囲かは議論の必要があるが)。ましてや,同世代でも,給料のいい会社で,厚生年金どころか,会社による3階建ての上乗せ年金(厚生年金基金や会社独自の企業年金)のあるところに定年まで勤務した人や,一方,わたしのようにサラリーマン生活が15年程度で,これから20年近くは国民年金しか払わない予定の人間とで,受取額に差があるのは当然だ。さらにそれとは次元が異なる話だが,早死にする人,長生きする人,がいるのだから,「仮に20年間受給した場合の合計額」などという数字を計算することには何の意味もない。

一番の問題は,国民から徴収した税金や保険料を,まるで自分の金でもあるかのように,自分たちの個人的な利益,天下り先,省益,選挙の票,のために分捕り,使い続けてきた役人や政治家に対する不信感だろう。また,そういう動機からの行動・決定を監視し,抑制できる仕組みのなさであろう。そういうことに対する不信が払拭され,透明なシステムできちんと説明できる政治及び政治家が現われない限り,「年金なんて払っても損するだけ」と考えて払わない人は,増えることがあっても減らないと思う。(冷静に考えれば,年金は払い続けたほうが,それほど「得」はしないとしても,「損」はしない,とわたしは考えている。しかし,損得で払うのではなく,“お互い様”,“相互扶助だから,みんな払える範囲できちんと払おうよ”,と気持ちよく支払いできる制度をなんとか作ってもらえないものか。現状では,「厚労省や社保庁の役人,政治家どもには腹が立つが,仕方ないので払っている」というのが本音だ)。

いつものことであるが,今回もまとまらない話になってしまった。年金問題になるとどうも興奮して,血圧が上がってしまう。やばい。85歳まで生き延びなければ「仮に20年間受給する」こともできないのだが......。

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