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2010年2月 2日 (火)

「近いうちに一杯」のカラ誘いはやめたい

早いものでもう2月。今年の1月はとてもバタバタしていた気がする。といって充実していたわけではない。時間の感じ方について以前どこかで「充実した時間はその最中は長く感じないが,終わってみると豊富な体験や思い出が残り,達成感を感じる。一方,退屈な,もしくは徒労感の多い時間はその最中は非常に長く感じられるが,終わった後に振り返ってみると,中味がないのでもうこんなに時間がたったのかと感じる」というようなことを読んだ記憶がある。

小学校のときの遠足などが前者の感じだろうか。会社でやるべき仕事がなく暇にしている勤務時間とか,無為に過ごした日曜日,などは後者の時間経過か。年をとるにつれて「もう年末か」と思うのもさしずめ後者の例だろうか。もっとも,若いときと年をとってからの時間の感じ方の違いは,新陳代謝の差も関係しているらしいが。

わたしの1月はどちらかというと後者に近かった気がする。とはいえ,仕事では結構忙しくしていたので,無為に過ごした1か月というわけでもない。

話題をガラッと変えて,「今度一杯やりましょうよ」とか,「近いうちにメシでも食いましょう」などと誘ってしまって,そのままにしていることというのは意外に多いのではないだろうか。その逆ももちろんあり,そのような誘いを受けながら,実際にはまったく誘ってこない人も少なくない。

わたしは相当以前(20年くらい前かも)から,上記のようなカラ誘いは厳に慎むべし,という考えで,本気でないのに気安く人を誘うのはやめよう,と自戒してきたつもりだが,それでも,やってしまっている。しかも,自分でやってしまうくせに,そういうことに敏感になっているので,自分が人からそういうことを言われたことは妙に覚えていて,それを人の評価の一部にしてしまっているところがある。

昨年の11月から12月にかけても,わたしの方から,年明けに会いましょう,と気軽に言ってしまった(口頭,メール,あるいは年賀状で)人が3人いて,そのうちの1人とは実際に飲んだが,2人はまだ誘っていない。これはいかんと思い,たったいま,2人目に誘いのメールを出したところだ。3人目にも近いうちに連絡しようと思っている。

もちろん,こちらが思うほどには相手は覚えていない(当てにしていない)ことのほうが多いだろうし,ましてや,期待などされていないのかもしれないが,時々,ほとんど枕詞のように「こんど一杯」などという人がいると,どうも気になる。

牽強付会かもしれないが,政治家の本気でない「公約」や「マニフェスト」にも共通したものがあるのではないだろうか(この喩はちょっと飛躍し過ぎか)。

共通するところがより多いのは,仕事の締め切りかもしれない。そういえば,編集者として会社に勤めていたとき,ただの一度も締め切りを守らなかったライターさんがいたが,彼は会うたびに「今度,一杯やりましょう」と言っていたな。

ここまで書いてきて,ふと我に返ってしまった。締め切りの近い原稿がまだ全然できていないではないか。ヤバイ。これでは,わたしも件のライターさんと同じになってしまう。

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