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2010年9月18日 (土)

学会取材-第16回 日本摂食・嚥下リハビリテーション学会

9月3-4に新潟の朱鷺メッセ 新潟コンベンションセンターで開かれた第16回 日本摂食・嚥下リハビリテーション学会を取材した。新幹線の新潟駅で降りたのは初めてで,朱鷺メッセの立派なことにまず驚いた。学会も非常に大きな学会で,やはり,「高齢化で患者・対象者が増える」,「医師だけでなく,多くのコメディカルが参加する」の2つの条件を満たす学会は“マーケット”が大きいとあらためて感じた。そういえば,3月に取材した日本静脈経腸栄養学会もたいへんな賑わいだった。

今回は摂食・嚥下リハビリの学会ということで,ポスター会場に併設された企業の展示ブースの数も非常に多く,しかも,食品関連,栄養関連の企業が多いので,デバートやスーパーの試食販売コーナーかと言いたくなるような実演ブースもあった。

こういう学会は高齢化がピークを迎えるまで,今後も拡大し,“繁栄”すると思うが,発表を聞いていて,どうにもやりきれない気分になるときがあった。特に,今回は静脈経腸栄養学会と違って,摂食・嚥下リハビリ,だから経口摂食を維持させるのが“正義”という前提の学会だ。

それを否定したら学会の存在意義はなくなるのだが,長期慢性疾患・終末期・退行性疾患患者の摂食・嚥下リハビリをテーマにしたあるシンポジウムで,終末期の患者さんに無理やり口から食べさせているビデオを“成功例”として見せられたときは正直,ゲンナリした。カツ丼(だったと思う)かなにかを口にねじ込んで,一生懸命飲み込ませようとして,のどを通ったら「入った」と大声でよろこんでいるその患者さん(ALSだったか,そういった類の疾患だった)の奥さんの声を聞き,これは“虐待”ではないのかと感じた。

口から食べることが生きる尊厳とかQOLの維持において重要であることは理解できる。胃瘻(PEG)からの栄養摂取で長期間,生きのびている寝たきり老人を思えば,最後まで口から食べさせてあげたい,というのは共感できるが,本当に最後の最後まで,人間はあんなに頑張らなければならないのだろうか。あるいは,頑張りたいのだろうか。

わたしの父親も認知症が進み,最近は,嚥下にかなり障害が出てきたようだ。この先どうなるのか,まったくわからない。やはり,いつか誤嚥性肺炎になり,それが繰り返されるのかもしれない。

医療現場で毎日苦労されている医療従事者の方々の努力は賞賛に値するし,多くの症例では,嚥下リハビリをするほうが,患者や家族にとって有益なのだとは思う。

しかし,あのシンポで(賞賛すべき一例として披露された)ビデオを見て,ああまでして生きき続けるのが人間の尊厳なのか,と気分が落ち込んだのは確かだ。

「楢山節考」の時代が良いと言うつもりはもちろんないが,もう少し早い段階で,「諦める」(摂食に関してだけでなく,延命に関しても)ことを評価しなおすことも大切なのではないかとつくづく思った。まあ,このような意見はおそらく社会には受け入れらないだろうし,広がる議論だとは思わないが.......。

話変わって,新潟は食べ物がおいしかった。夜,ふらりと入ったすし屋で食べた刺身や鮨,酒は最高だった。

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