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2011年3月 2日 (水)

日本人全体がモラトリアム国民のような気がしてきた-自戒を込めて

モラトリアム人間という言葉は,精神分析医の小此木啓吾氏(慶応大学)が1970年代後半くらいに発表した『モラトリアム人間の時代』という本で一躍有名になった。中学生か高校生くらいだったと思うが,わたしも読んだ記憶がある。その頃は,フロイト,ユング,アドラーなどの精神分析関連の本や精神医学,心理学の本をずいぶん読んでいた(今のような仕事をするとは夢にも思っていなかったが)。

もともとこの言葉は,エリクソンというアメリカの学者がたしかサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』という小説を例にとり,いつまでも社会に出て一人前にならない若い人のことを指して使った言葉だと記憶している。

小此木氏は,上記の本か別の本だったかで,昔は日本では人生において「あれかこれか」の選択を迫られたが,豊かになった現代は,「あれもこれも」の時代になり,選択を絞る必要がなくなったと述べ,そのような状況とモラトリアム人間出現との関連も論じていたと思う。

ただ,わたしは当時から,「あれもこれも」という小此木氏の表現がどうもひっかかっていた。なんというか,迎合的というか,甘えを助長するというか,そんな感想を持った。たしかに,昔(どのくらい昔かは明確に考えていないのだが,まあ,第二次世界大戦前くらいか)は,「あれかこれか」の選択だったが,豊かになり,「あれとこれと」にはなったかもしれないが,「あれもこれも」は違うだろう,と思っていた。なぜなら,「あれもこれも」は当然の流れとして「あれもこれも,それも,そっちのも,......。」ときりがなくなるからだ。何かを諦めるということを“残念”とか“負け”,あるいは“損”というネガティブな心情で捉える人間を増やしてしまうと思っていた。

ここまで書いて,ウィキペディアでモラトリアムを検索してみたら,モラトリアム人間について<学生など社会に出て一人前の人間となる事を猶予されている状態を指す。心理学者エリク・H・エリクソンによって心理学に導入された概念で、本来は、大人になるために必要で、社会的にも認められた猶予期間を指す。日本では、小此木啓吾の『モラトリアム人間の時代』(1978年)等の影響で、社会的に認められた期間を徒過したにもかかわらず猶予を求める状態を指して否定的意味で用いられることが多い>と説明されていた。

ここでやっとエントリーの本題というか,タイトルの意味だが,日本人や日本という国の状況は,まさにモラトリアムそのものじゃないかと最近思い始めている。ここでわたしはモラトリアムという言葉を意図的に拡大援用しているのだが,自分の言葉で定義を試みるとモラトリアムとは:

「覚悟を決めた行動(=本番)をいつまでも先延ばしにし,予行演習やシュミレーション,準備のための準備や話し合いばかりを続けている状態。そういう人や国民や国」

のことである。

今の政治状況がまさにそうだし,それを許しているわれわれ国民もそう。会社でこのままでは先が知れてるなあ,なんかしなければなあ,と思いながら会社勤めをしている人もそう。いずれ年をとって身体が動かなくなったときのことを考えて老後のことや死んだあとのことも考えて準備しておかなければなあ,と思いながらも死が永遠にやってこないかのように何も準備しない中高年(俺だ!)や高齢者もそう。

そしてそして。締切がギリギリに迫っており,本気で原稿執筆に取り掛からないと,いろんな人に迷惑をかけるし,今後の仕事にも支障が出ることがわかっているのに,やる気がしないでこんなブログを書いている自分がその筆頭だ(←いつものことですが,最後はかなりこじつけです。これはただ単に,やる気がでない,要するに,怠け者ということです)(┐('~`;)┌)。

ただ,モラトリアム(moratorium)という言葉は本来,支払猶予,とか,一時停止,の意味であり,「いつかは履行しなければならない債務・責務の先延ばし」という意味であるから,仕事の怠けもやっぱりモラトリアムだ。イヤ,“猶予”されているわけではないから,これはたんなる引き伸ばし,あるいは,“自分勝手モラトリアム”か。そして,いまや日本国全体が,自分勝手なモラトリアム野郎になりさがっている気がする。

他者(ひと)のことはいい。自分だけはしっかりやるべきことをやれ,という自戒の意味を込めたエントリーです(┐( -"-)┌ )。

追記:書き終わってから少しググってみたら,小此木啓吾氏は,「モラトリアム国家・日本の危機 」という本を1998年に祥伝社から出していることがわかった。やんなっちゃうなあ。知っててこのエントリーを書いたわけではないが,やっぱりひとのふんどし(ひとの用語)を使って気のきいたことを書こうなんてムシのいいことを考えたのは間違いだった。ブログなんぞ書いている時間があったらほんとに仕事しろよ!(と自分に言い聞かせる)。

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