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2011年3月19日 (土)

東日本巨大地震から1週間 - その①: 最初 「管直人はなんて悪運が強いんだ」と思った

今回の地震があったとき,わたしは埼玉県南部の事務所にいたが,最初,ネットでニュースをみたとき,すぐに思ったのは「管直人は悪運強いなあ」ということだった。彼の観音ボクロについては以前にも書いたことがあるが,今回は,在日朝鮮人からの“違法献金”で前原前外務大臣が辞任したあと,管直人自身にも同じ問題が出てきた矢先だったからだ。これでマスコミも世間も地震のほうに関心が行くし,野党も政争ばかりしかけてはいられないだろうと思ったからだ。

事実そのとおりになったが,そのときは阪神淡路大震災を越えるような犠牲者が出る地震とは思わなかったし,津波の様子やその後の原発問題もニュースになっていなかったので,これほどの危機になるだろうと判断できなかった。

自宅(事務所から徒歩10分)に電話をするも,全然つながらないので戻ってみると,被害はないが,停電になっており,わたしの住んでいるエリアは夜中の3時過ぎまで停電が続いた。普段わたしが寝ているベッドのある部屋で,タンスの扉がはずれてベッドのほうへ倒れたという。たいして重いものではないが,夜中だったらわたしの頭上に直撃したことになる。

夜中の3時過ぎまで停電でテレビをつけられなかったので,津波被害の映像や犠牲者数の規模についてはまだピンとこなかった。まさか,阪神淡路を越える犠牲者数になるとは....。しかも,そのときはまだ,原発の問題はニュースになっていなかった。

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