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2011年5月

2011年5月25日 (水)

何故すぐ立場を決めなければならないのか―やはり“売らんかな”が動機だろうか

続けてブログを書いているが,急に“創作意欲”が湧いてきたわけではない。本当は,急に入ったあさって締切の仕事がはかどらず,逃げ場所を探しているのだが,ネット遊び(検索)や有名人のツイッタ―のフォローも飽きてきたので,仕方なく(?)ブログを書いている。

ツイッタ―といえば,入門書(?)を買ってはみたもののまだきちんと読んでいない。アカウントを作ろうと思えばすぐに作れることはわかったが,始めたとしても,つぶやきたいことなどそんなにないし,フォロワーの少なさから,人間関係の狭さが明らかになるだけなので,当面のところ,やるつもりはない。ただ,有名人のツイッターは,ブラウザにBookmarkして時々のぞいている。ツイッタ―の利用の仕方としては邪道なのだろうけど。それにしても,デーブ・スペクターの日本語力(ダジャレ能力)はすごいと思う。

タイトルに戻って,えっと一体何を書きたかったのだろうか。そうそう。前のエントリーで原発のことを少し話題にしたが,週刊誌などでも,原発推進(擁護)寄りの雑誌から,反原発(危険煽り派)まで,それぞれの立場がすぐに決まってしまうのが不思議と言えば不思議だ。ま,朝日新聞の週刊アエラが,地震直後に防毒マスクをかぶった人の写真を表紙にしたのは,朝日らしいという気がするが,週刊ポストは今回の地震に関しては,原発リスク擁護波というか,冷静さを強調するスタンス。一方,週刊現代は,原発のリスクを強調(煽る)するような記事が多い。週刊新潮と週刊文春もどちらかと言えば現代寄りか。この両誌は,原発事故そのものよりも,それに対する政府や政治の対応のまずさや政治のごたごたに多くのページを割いている気がする。

いずれにしても,雑誌もそれぞれのスタンスをそれぞれ取っている。編集方針と書けばかっこいいが,穿った見方をすれば,マーケティング戦略,つまり,“売らんかな”が動機のような気がする。

脱線ついでにさらに話を拡大させると,政治における対立軸とか,政策の違い,なんてものも,それぞれの政党や政治家の理念や信念に基づくものではなく,ようするに,いま何が一番売れる(= 政治では票が獲得できる)かという観点からのマーケティング戦略でしかないだろう。

最近,管総理を辞めさせるため,内閣不信任案を提出しようという動きが野党から出ており,あまつさえ民主党のなかからも同調者が出てきているという。わたしも管直人は好きになれないし(最近そうなったのではなく,薬害エイズ問題で被害者に土下座して謝っていた,華やかなりし頃からどうも好きになれなかった),現在の国難を担うリーダーとしてはなはだ不満だが,だからといって,じゃあ,自民党の谷垣氏がいいか?みんなの党の渡辺氏か?剛腕(?)の小沢一郎か?,いや,若手のホープ(?),自民党の河野太郎氏か?,いやいや,自民の石波茂氏ではどうか?などなど,いろん政治家を頭に思い浮かべても,クエスチョンマークが増える一方だ。

ああ,もう限界。仕事をはじめよう。

2011年5月24日 (火)

嫌な感じがする国を挙げての節電運動―“非国民”なんて言葉が復活しないことを願いたい

浜岡原発の停止が決まり,“反原発派”は国内のすべての原発の停止(定期点検等で現在停止中のものは再稼働禁止)を求めて熱心にやっているようだ。

原発やエネルギー問題に関する新聞や雑誌,ネットの記事やブログには結構,目を通しているが,みなもう言いたい放題(?)という感じで頭がクラクラする。

わたしは“原発推進派”でも“原発擁護派”でもないが,政治的(左翼的?)な匂いのぷんぷんする“反原発運動家”や,これまで原発にたいして関心を持たなかったのに,にわか知識で急に“反原発派”に変身し,稼ぎどき,とばかりにさまざまなメディアに登場する「ジャーナリスト」や「専門家」にはどうも違和感を感じる。

現在の電気供給量でこの夏をいったい乗り越えられるのだろうか。以前のエントリーにも少し書いたが,すべての原発の即時停止などと言っている人は,電力不足によるマイナス面をどのくらい具体的に考えているのだろうか

これまでの原発建設の進め方に問題が多かったことはその通りだろう。反対派は原発を建設しようとする相手に絶対の安全性を迫り,それ以外の妥協点を提供しないので,東電など原発建設側は現実にはありえない“絶対安全”をお経のように繰り返す。それを信じた地元地域や住民は,補助金や雇用機会(就職先)を得て,経済的恩恵を享受してきたにもかかわらず,このような事態になったいま,「騙された」,「絶対安全と言ったじゃないか」と東電を攻めたてる。

“絶対安全”を踏絵にしてしまえば,いつかは「裏切られる」のは冷静に考えれば当たり前ではないだろうか。これは何も原発に限った話ではなく,人間社会が続く限り,あらゆる時代,あらゆる状況,あらゆる場面で言えることだ。絶対に守られる“絶対”は,いま生きている人間も100数十年後には“絶対に死んでいる”という絶対だけだ。

原発停止のことに話を戻すと,技術的なことはわたしはもちろんわからないが,首都圏に近く,東海地震の危険地帯のど真ん中にある(らしい)浜岡原発をこの時点で停止させるのは仕方ないとは思う。

しかし,そこから一気に,すべての原発を即時停止,へ行ってしまうのはどうか。代替エネルギーとか自然エネルギーとか言うひとがいるが,これまで国内電力の約30%を供給してきた原発にすぐにとって代われるものはまだないし,将来,そういう技術が開発されるかもしれないが,それは数十年先の話であろう。

現実的な選択肢としては,国内原発の安全性をさまざまな角度から再点検し,地震対策や津波対策,災害時の電源その他のバックアップ体制の不備を大至急,修正したうえで,使い続けていくしかないのではないだろうか。

もちろん,稼働を停止していた火力発電その他の(原発でない)発電設備を再稼働させて使うことも選択肢だし,実際に行われているようだが(これはこれで,環境にとってどうなの?という疑問は残るし,古い発電設備の安全性も大丈夫なのかと素人的には疑問がわく),それでも,夏にブラックアウトを起こさないためには,相当な節電が求められるのではないだろうか。

今,駅やスーパー,繁華街や会社など,国をあげての“節電運動”が行われており,これこそ地震直後に海外諸国が賞賛した日本人の模範的行動なのかもしれないが,「ほしがりません,勝つまでは」なぞというスローガンで困窮生活をしいられたという太平洋戦争の頃のようにならないかと心配している。

本当は,まさかそこまでは,という気持ちもあるが,節電対策盛んな最近の雰囲気はどうもイヤな感じがする。夏にがんがん冷房をかけていると,“非国民”なんて注意する見回り隊が町内会から現れないだろうか。そんなことにならないよう祈りたい。

疲れやすい - もしや,男性更年期か?!

最近どうも疲れやすい。いや,ずいぶん以前から溜まった疲れがとれない感じはあったが,ここ1~2カ月は特に強く感じる。ふと,男性更年期という言葉が思い浮かんだ。

思いおこせば,2007年の12月にサラリーマン生活から足を洗うとき,当時勤めていた会社の朝礼のような集まりで,退職のあいさつを求められ,気のきいた言葉が浮かばなかったので「男性更年期の発作で頭がおかしくなったすえの決断です」と言ってやった。予想以上の笑いが取れて,そのときは「してやったり」とほくそ笑んだが,今の疲れが本当に男性更年期からくるのであれば笑ってなどいられない。

今年の1年は長く感じる。

2011年5月19日 (木)

役所みたいなDELLの対応に辟易

こんなことをブログに書いてもウサ晴らしにしかならないが,DELLからひどいハガキが届き,それについてクレーム電話を入れたら人を馬鹿にしたような対応しかしないので頭にきている。

1月にDELLのデスクトップパソコンとモニターを購入したのだが,よせばいいのに,パソコン設置サービスという有料のサービス(消費税込16,037円)も申し込んだ。支払いはとっくに終わっている(クレジットカード払い)のに,昨日,どういうわけか注文請書と書かれたハガキが届く。

注文日が2011/5/12,作成日が2011/5/14,営業担当はオンラインストア。なんじゃこりゃ?と思って電話するが,「間違いでした。気にしなくて結構です。すいません」だけ。1月に支払いが終わっているオーダーの注文請負書(明細書)が5/12の注文として顧客に送られるとは,DELLの管理は一体どうなっているのか(ちなみにわたしは個人事業主として登録している)。

クレジットカード番号の管理が一番心配なので,何故こういう間違いが起こったのか,その経緯を説明した文書を作って,判子を押して送れと要求しても,「メールではダメか?」の一点ばり。埒があかないので,上司の男性に話をしたが,文書は送ってもいいが「会社の判子を押すというのは会社にとってはたいへん重要なことなので時間がかかる云々」。言い訳ばかり。

会社側のミス100%の間違いに関しては,まずはひたすら謝ることが先決ではないか。顧客のほうが「そこまでしなくていいよ」と言うくらい,先手を打って平身低頭すれば,こちらも面倒くさくなって,「もういいよ」「今度から気を付けてください」となるのに,自分たちの立場を守ろうと,説明ばかりしようとするからこちらの怒りが逆に増幅されるのが何故わからないのだろうか。社内事情など,顧客にとっては何の関心もないことなのだから,いちいち説明するな。

まったく,責任を逃れるための言い訳だけで役所みたいだ。次はDELLを買うことはないだろう。

2011年5月 3日 (火)

フリーランスにとってのゴールデンウィーク

最近はゴールデンウィーク(GW)という言葉はあまり使わないのだろうか。テレビなどでは大型連休という言葉をよく聞く。

明日からの3連休は配偶者の実家へ行く。フリーランスにとってゴールデンウィークやカレンダーの祝祭日などは意味がない。仕事のあるなしのみが休日を決める。今年は暇だ。だから大型連休だ。

4月が終わり,今年もやっと3分の1が終了。しかし,残りの3分の2を考えると気が重い。昨年末になんとなく感じたイヤな予感があたりそうだ。公私ともに厳しくなってきた。なんとかせねば。

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