最近のトラックバック

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月

2011年6月28日 (火)

久しぶりに映画館で映画を見ました―が,ちょっと期待はずれだった 『星守る犬』

6月もほぼ終わり,年後半に向けて,仕事に対する気力(やる気)をどう維持していこうかとつらつら考えていたところ,配偶者の情け容赦ない(?)言動に打ちのめされ,週末は引きこもっていた。

日曜日,パソコンで遊んでいると,『星守る犬』という中年を主人公にした映画が上映されていることを知り,「大人が泣ける映画」というので見に行った。村上たかしという人による同名コミックを映画化したものらしい。監督は瀧本智行。どちらも初めて聞く名前だ。若いころは演劇や映画をずいぶん観たが,近頃は全然観ていない。映画館で観るのは,子どものつきあいで観るアニメとか子ども映画ばかりだ(夏休みに入るとポケモンを見に行かなければならない)。

北海道・旭川のキャンプ場の奥で放置されているワゴン車が発見され,なかから中年の白骨死体(西田敏行)と犬(ハッピー)の死体が見つかった(犬は直前まで生きていたので白骨化していなかった)。その知らせを受けた市役所の青年・奥津京介(玉山鉄二)が,死体の身元を探しに東京まで自分の車で行き,旭川までの足跡を辿るという話だ。東京まで芸能事務所のオーディションを受けにきた川村有希(川島海荷)という女の子が京介の車に同乗することになり,なかなか可愛いのだが,映画そのものの出来としてはいま一つという感想を持った。

家族を捨て1人きりになった中年男が愛犬と2人で旅をする「泣ける話」と聞いていたので,近頃,涙腺がゆるくなったわたしは,涙で顔がぐしゃぐしゃになり,恥ずかしくて席を立てないのではないか,と期待と不安をいただいて見始めたが,どうもそうはならない。

犬の話か,中年親父の話か,焦点が定まっていないし,西田敏行演じる主人公がその旅に出なければならなくなるまでのいきさつの描写がきわめてお粗末。岸本加代子演ずる奥さんと1人娘の3人家族だった西田敏行(おじさん。映画では前田なんとかという偽名)(仕事は町工場の溶接工)が,景気悪化でリストラに合い,奥さんから熟年離婚を言い渡される,という筋は理解できたが,その間の主人公と家族の関係とか心の葛藤はほとんどすっ飛ばし。小泉の郵政選挙やリーマンショックの新聞見出しだけを映して,想像しろということかもしれないが,あまりにもステレオタイプという気がした。

西田敏行の存在感はそれなりにあるものの,この映画を見ても,ただの無責任で弱い中年オヤジとしか感じられないのではないだろうか。少なくともわたしはそうだった。おじさんの身元探しを始めた京介の幼少期(9歳で両親死亡。祖母も何年か後に亡くなり,祖父[藤竜也。シブイ!]に成人まで育てられる。読書好き)についての描写や,おじさんが旭川までの旅で立ち寄った店や旅館の人々(余貴美子,中村獅童,温水洋一,三浦友和)の演技はなかなかよかったが。。。。

とくに,倒産したディスカウントストア(?)のオーナーを演じた中村獅童が結構いい味を出していた。「さっきは悪かったな。人間余裕がなくなると怒りっぽくなってみっともねえな」というセリフは秀逸だった。

というわけで,ジャックニコルソン主演の『アバウト・シュミット』を観たとき(この映画には泣かされた)のような感動を期待してチャリンコを飛ばして行ったものの,ちょっとがっかりだった。

管直人を一刻も早く辞めさせるべきだと確信した-久しぶりに見た「朝生」

先週の金曜日(6/24)(←実はわたしの誕生日。嗚呼!),久しぶりに朝まで生テレビ(朝生)を見た。見始めたときはすでに午前2時くらいになっていたと思う。経済産業省の古賀茂明氏(次官が「あなたのポストはない」と言ってクビ宣告したらしい)の話は聞き逃したが,疲れた頭で見るには「朝生」はいい番組だ。まるで動物園の動物を眺めるようにボーと見られるという意味では,通販の“ジャパネットたかた”と良い勝負だろう。

民主(松原氏),国民新党(名前忘れた),自民(茂木氏,山本氏)の議員さんらの話を聞いていても,「禿同」というか,強く共感できる発言はなかった。わたしは,政治への期待は低くしようと言い聞かせているので,特に失望感はなかったが。。。。。

それでも,民主の松原氏の発言は,まるで評論家のようで,聞くに堪えなかった。彼が言ったことでただ一つ,心に残ったのは,管直人が昔,ある酒の席かなにかで「政治というのは野良犬の喧嘩だ」と言ったという発言だ。わたしはこれは重要な発言だと思った。松原氏は,この管直人の言葉について,ようするに,政治というのはルールもなにもない,食うか食われるかの戦いだと考えているようだ,のような解説をしていた。

この発言と前後して,ジャーナリストの上杉隆氏が,「悪いがここにいる先生方はみなさん,管直人に負けている。向こうのほうが1枚も2枚も上手だ。政治というのは騙されたほうが負けだ。管直人は辞める気なんてない」というようなことを言っていた(正確な引用ではありません)。

野良犬の喧嘩,ということは,人間の喧嘩でいうとストリートファイト,ということだろう。ヤクザや暴走族を相手にした,ルールなしのストリートファイトでは,武道の相当な達人でも,なかなか勝てないと聞く。

松原氏が言った管直人の政治に対する考えた方(政治は野良犬の喧嘩)が本当だとしたら,やはり管直人は一刻も早く辞めさせるべきだろう。何故なら,彼は国民をいわば人質にとって「野良犬の喧嘩」をしているのだから。しかし,相手が野良犬(やくざ)であれば,きわめて手ごわいことも事実で,それは,ここ数日のニュースを見ても明らかだ。

自民党の安倍,福田,麻生が次々と政権を投げ出したとき,何故もっとギリギリまで頑張らないのか,とその粘りのなさ,無責任さに腹が立ち,情けなく思ったが,今の管直人の粘りを許しておくことは,特別に危険だと思う(ちなみに,鳩山由紀夫の退陣は当然。彼は,別の意味で理解不能な人間だ)。

今のような国難の時期に,首相を辞めさせることに疑問を呈する意見もある(しかも,誰が代わりになってもイマイチだろう)が,野良犬の喧嘩をやっているつもりの人間を首相のままに据えておくのは絶対にまずい。このままだと8月末に辞めるどころか,再生エネルギー法案の是非を問う,といって,解散総選挙を本当にやってしまうかもしれない。

先週の朝生でもう1つ印象に残っているのは,やはり上杉氏が管直人は絶対辞めないと言ったときの田原総一郎の「辞めさせるには殺すしかないんですか」という発言だ。しばらくして「不適切発言がありました」と謝ったが,あれは絶対に確信犯だと思う。興奮して感情にまかせて出た言葉ではないし,田原氏が不注意で不適切発言などするわけはない。正直のところ,田原総一郎もあまり好きではないのだが,あの「殺すしかない」発言は計算ずくでうまいなあとちょっと感心した。

2011年6月16日 (木)

「テレビを長くみると、その分だけ、2型糖尿病、心血管疾患、全原因死亡率につながる」-リツイート(RT)できないのでとりあえず紹介

早くて寝たほうがいいのだが,どうも帰る気がしない。知る人ぞ知る有名なブログ,「内科開業医のお勉強日記」を見ていたら,タイトルのエントリー(テレビを長くみると、その分だけ、2型糖尿病、心血管疾患、全原因死亡率につながる)が目に留まった。こういうのを紹介することをツイッター用語(?)ではリツイート(RT)というらしい(ことを最近学習した)が,わたしはツイッターをやっていないので,とりあえず,ブログでリンクを貼っておこう。

当たり前といえば当たり前のような研究だが,老母が心不全(3年前心筋梗塞。糖尿病合併)で苦しんでおり,自分自身も最近,体調不良(血圧上昇,肥満)と運動不足を強く感じるので,この記事にはビクっとした。

梅雨の晴れ間の軽井沢 - 「別荘生活をエンジョイしました」

Img_0001_2 6/3から2泊で,息子(小学2年生)の同級生のご家族に誘われて軽井沢の別荘に行ってきた。そのお父さんの会社が社員用に所有している別荘だ。監査法人に勤めている友人にその話をしたところ,「いまどきそういう別荘を持っている会社なんてめずらしい」とのこと。

Img_0032_2 東証1部上場企業はやはり違うよな,とちょっとヒガミっぽい気持ちも抱きながら,こちら4人,あちら3人の7人で行ったのだが,20人くらいで泊まっても大丈夫なほど立派な別荘で,管理もきちんとされているので,きれいで快適だった。金曜日,学校が終わってからの週末に行ったのだが,天気も良く,高速道路(関越,上越)もスムーズだった。

Img_0076 別荘内にあるカラオケルームで古い歌を熱唱して,翌日は,軽井沢タリアセンでスプラッシュバルーンやボートに乗り(バルーンは子どものみ),夜はバーベキューという絵に描いたようなハッピーホリデー(べつに特別なホリデーでもなんでもない,ただの週末なのだが)。

しかし,帰ってきた日(6/5)からは仕事が続き,土曜日(6/11日)に血圧を測ったら149/95と出てびっくりした。どうりで,頭が痛いはずだ。肩はパンパン。全身だるい。男性更年期だけが原因ではあるまい。

13~14日は,大阪へ行っていた。心不全末期で2カ月入院していた母親がようやく退院し,もといた老人ホームに戻ったので,その様子を見るためだが,何をやっても水(浮腫)が取れないので,医者ももうお手上げ状態のようだ。

今週は明日とあさってが仕事のヤマだ。最近,時間の感覚が狂ってきた。

2011年6月 2日 (木)

ナイジェリアで“出産工場”(baby farm)が摘発されたらしい

アフリカのナイジェリアで“出産工場”が摘発されたというニュースが目に留まった。共同通信のこのニュースでは“出産工場”となっているが、海外のニュースを探すと“baby farm”となっている。“赤ちゃん農場”が正確な訳か。

それにしても、相変わらずという感想だ。わたしは1984年~1986年までの2年間、ナイジェリアの首都、ラゴスに住んでいたので(もう25年前か。年とるはずだ)、ナイジェリア関連のニュースへの感度が高い。一般の日本人なら、ナイジェリアと聞いてもどこにあるのか世界地図ですぐに場所を指し示せないと思うが、ナイジェリアはアフリカで最も人口が多く、産油国でもある大国だ。

しかし、いまだにこんなことが行われているのか。わたしがいた頃と何も変わっていない。ナイジェリアでの2年間が、いまの自分にどういう影響を及ぼしているのかはわからないが、20代の前半というまだ感受性の豊かな時期にああいう国で生活できたことはいい経験だったと思っている。

アフリカ諸国の貧しさや、社会の不安定さ、厳しさや政治状況を考えると、日本に生まれたことだけでも幸せに思わなければならない―ナイジェリアにいたころ、よくそう思った。思っただけでなく、いろんな人にそういった。Don't take Japan for granted(日本で生活できていることに感謝しろ)と。

バブル崩壊以降の失われた20年やこれから突入する失われた30年を考えると、日本がそんなに素晴らしい国だとも思えないが.(とくに若い人にとっては)........。

2011年6月 1日 (水)

日本は「下士官・兵隊は優秀だがリーダー・参謀は無能」は本当なのだろうか―内閣不信任案が提出されるらしいが.....

報道によると,管首相に対する内閣不信任案が今日中に国会に提出されるらしい。明日には採決のようだ。可決されるかどうかは,民主党から何人造反が出るかによるが,否決となって管首相が続投となっても,民主党はガタガタになり(すでにガタガタだが),自民党(こちらもとっくの昔に傾いている)と造反組との連携など,いろいろな動きが出てくるだろう。

可決となった場合は,衆議院解散総選挙か内閣総辞職で,解散はいまの時期にはやれないだろうというのが常識的な見方だが,「精神状態が尋常でないくらい不安定」(らしい)管首相なら,「一発勝負」に出ないとも限らない。総辞職の場合は,これも普通は民主党から誰かが首相になるはずだが,造反が大量に出て,それでも民主党から首相が出るのだろうか。

可能性がゼロを承知の放言だが,この際,杉良太郎にやってもらうのがいいんじゃないか。彼の長年の慈善活動は半端なものではない(首相は国会議員のなかからしか選ばれないことは知っている)。

ところで,以前からよく言われ,今回の震災後もいろんなところで疑問なく書かれているのが,日本は,

「下士官・兵隊は優秀だがリーダー・参謀は無能」とか,「強欲で無能な政治家・経営陣を、無欲で優秀な現場が支えている」などという指摘だ(以降,このことを,この“仮説”という云い方で書く)

第二次大戦のときもそうだったらしいし,今回の震災でも,現場で災害救助にあたる自衛隊の隊員や福島原発で働く「名もなき」職員,福島原発に放水に行った東京消防庁の隊員などをほめたたえる文脈で使われている。また,一般企業に話を広げてこの“仮説”を持ち出す人もいる。

しかし,わたしはどうもにも疑問がわく。それは,「現場(下のもの)は優秀,上(リーダー)が無能」というこの評価が本当に正しいのかどうか。いろんな組織や場面,機会があるから,それを十把一絡げに日本は。。。。とやってしまうのは乱暴ではないかという疑問。

さらに,もしこの“仮説”がおおむね正しいとしても,「現在の無能なリーダーや参謀,政治家,経営陣」も,その多くは,若かりし頃,「優秀な下士官や兵隊,現場の人間」であったはずだ,ということだ。

まさか,日本では若いときから無能で強欲なものだけが,リーダーや参謀,政治家,経営者になりやすく,「優秀な下士官や兵隊,現場の人間」は,リーダーや参謀,政治家,経営者にならない(なれない)ということはないだろう。

リーダーや参謀,政治家,経営者に求められる資質(向いている人間)と,下士官や兵隊,現場の人間に求められる資質(向いている人間)はたしかかに違うだろう。

「現場は優秀でリーダーは無能」というこの“仮説”が真実ならば,1)日本では優秀だったはずの現場の人間が(リーダーや経営者や政治家など)上の人間になると無能になる,2)日本には優秀なリーダーや経営者や政治家などに必要な資質を備えた人材が少ない―の2つのどちらか,あるいは,両方ということになる。

1)はある意味,一番わかりやすい現象かもしれない。企業でも大学でも,役所でも,政治の世界でも,どういう世界にいても,こういう変化を目の当たりにすることは珍しくない。2)についてはよくわからないが,リーダーや経営者や政治家としてずば抜けてすぐれた資質(それについて正確に記述する能力はわたしにはないが)を備えた人材など,いつの時代でもどの国でも,そういるものではないはずだ。もっとも,0.001%と0.01%の違いであれば,10倍の差なので大きいが.....。

問題にしている“仮説”に戻ると,現場は優秀,という前提を無条件に書いているところがわたしはどうもクエスチョンマークだ。もちろん,今回の震災の現場で活躍された自衛隊の隊員の方々や福島原発の現場で頑張っている名もなき職員の方々の働きには心から敬意を払うし,一生懸命にやっていらっしゃるだろうことは間違いない。しかし,そういう具体例を見て,すぐに,この“仮説”を持ち出すのはどうか?

現実を見てものを考えるのであれば,いまの政治の体たらく,ひどい会社のひどい経営者(立派な会社もあるので,これはひどい会社の場合。東電,みずほ銀行 etc. etc)をそういう状態たらしめているのは,この“仮説”でいうところの,「下士官・兵隊」や「無欲で優秀な現場」が本当はそれほど優秀でも無欲でもなかったからではないのか。少なくともその責任の一端はあるだろう。

常識的に考えれば,リーダーや参謀が低能であるのに,その部下だけが抜群に優秀であることは考えにくい。政治や会社も同じで,強欲で無能な政治家や経営者のいる(多い)国や会社の国民ないしは社員が,途方もなく清廉潔白で有能である可能性も低いのではないか。

「下士官や兵隊」 「現場」 vs 「リーダー・参謀」 「政治家や経営者」を,被害者と加害者のようにまったく別のものととらえて,この“仮説”を疑問なく受け入れることをわたしはどうしてもできない。

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »