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2011年7月

2011年7月17日 (日)

「肉用牛から暫定基準値を超える放射性セシウムが検出」と聞くと怖そうだけど.......。

福島県南相馬市の農家が出荷した肉用牛から暫定基準値を超える放射性セシウムが検出されたということで,大騒ぎになっているが,「食の安全」ということになるとどうしてこうも大騒ぎになるのかと不思議に思う。子どもの給食の材料に福島からの肉が使用されているということを以前から「警告」していた“意識の高い主婦”たちが,今回のニュースを聞いて「それ見たことか。わたしたちの言っていたことが正しい」とばかりに集まって,興奮ぎみに相談しあっている場面をテレビでのニュースで見た。

厚生労働省は,汚染牛食べても健康に影響なし,と言う見解を発表したが,「汚染牛」という言葉が出た時点で,健康に影響なし,という判断に説得力はなくなっている。

原発事故直後の放射線量についての「ただちに健康に影響があるレベルではない」と同じで,心配する人は絶対心配するだろう。

本当のところは,低線量被曝に関しても,今回の汚染牛(これを食べると内部被曝になるわけか?)に関しても「データがないから判断できない」というのが正しい見解だろう。ただし,国の基準というのは,相当厳しい(かなり非現実的な量の)基準値を採用していることから,健康に影響なし,というのはわたしは普通に受け入れている。

政治家でも有名人でもないので,そういう話はわたしのところには絶対に来ないが,カメラの前で福島県産の今回問題になった牛肉のステーキを食べて,時給1万円でもくれるなら,喜んで参加したい気分だ。

危険の程度が定まらない事象に対して過大な恐怖を抱くのは心理学的には説明つくらしいが,「放射線」とか「食の安全」ということになると,どうも,わたしの感覚からすると,過剰に反応する人が少なくないような印象を受ける。そういう人の割合は,実際はそれほど多くはない(少なくとも過半数ではない)と思うのだが,マスコミはそれがいいネタになるので,大きくとりあつかい,実際以上に多くの人が怖がっているような印象が広まり,それに影響されて,追加で怖がる人が出てくる。風評被害と言われるものはこのように拡大していくのではないか。

わたしなど,カップラーメンやコンビニで売っている弁当類の食塩含有量(しかも,ナトリウム表示してあるのでミスリーディング。ナトリウム量の約2.5倍の量の食塩摂取になる)の多さのほうが,はるかに健康に影響あり,と思うが。。。。

(追記:2~3日前に,「ネット閲覧に費やす時間を減らそうと思う」,と書いたばかりなのに,相変わらず,ニュースサイトやブログ,ツイッタ―を見てしまっている。われながら情けない)。

2011年7月14日 (木)

ツイッターのフォローも飽きてきた

これまでどちらかと言えば好きではなかった田原総一郎氏を評価しなおうそうかと思っていることは前に書いたが、今日、たまたま、時間つぶしにコンビニでFLASHという写真雑誌を立ち読みし、田原氏のコラムがあったので目を通した。また、数日前、田原氏のツイッター(TL)に久しぶり目を通した。コラムでもツイッターのTLでも、松本前復興大臣をむしろ弁護するようなことが書いてあり、正直、失望した。詳細は書かないが、弁護をしているということそのものよりも、その弁護の仕方がまったくワンパターンというか、ネットを検索すればどこにでも出てくる、誰にでも言える「感想」でしかないからだ。

3.11の大震災前後から、いろんな人のツイッターに目を通すようになり、ブログとあわせて、新規に「読者」になったサイトはけっこうあるのだが、もう飽きてきた。ちょっと名前が知られている人や、有名人のツイッターやブログは、アクセス数(フォロワー)の数も結構多いが、結局、誰でも考えつくような感想しか言っていないという印象をもっている。

昨日読んだTLで納得したツイートを最後にコピペしておきたい。経済評論家の山崎元氏のツイッターだ。

» yamagen_jp Hajime Yamazaki /山崎元
@ 次の相手がいないと離婚しない人の方では。RT @jhgsd 会社批判する人ほど、会社をやめない(かつ、会社業績に寄与しない)のと同じ構造ですかね。QT @yamagen_jp: もともと国など信用できないと言っている人でも、…「国にしっかりやってもらう」という非現実的願望に傾く。

まったくそうだ。

ブログをすぐに中止するつもりはないが、ネット閲覧に費やす時間を大幅に減らそうと思うこの頃である。

2011年7月 9日 (土)

管直人は精神に異常をきたしているんじゃないだろうか―管直人が新党結成-ダジャレでも言うしかない

またまた管直人お得意の思いつき政策。いきなり原発のストレステスト指示で日本中にストレスを与えている。海江田経産相は辞意を示唆,というニュースを読んだが,本当に辞めるのか。玄海原発(佐賀・玄海町)の件で梯子をはずされたんだから,ここで辞めなきゃ最低だよ。願わくは,管直人を道連れに辞めてくれるといいのだが。

管直人の精神はすでに異常をきたしているんじゃないだろうか。震災復興するにはまず何よりも金が必要なのに,特別公債法案のメドもたっていない。

デーブスペクター氏がツイッタ―にながしている秀逸なダジャレにはいつも感心するが,ここまで政治や電力会社があほらしいことを続けると,わたしもダジャレでも言うしかない気分になってくる(九州電力のやらせ投稿依頼の件もひどい。この時期にああいう依頼をして,大事にならない[=誰かに告発されない]とでも思っていたのだろうか)。

ここまできたら,民主党の国会議員の大半が離党して,自分たちこそ<本家 民主党だ>と名乗って,管直人を孤立させるしかないんじゃないか。

そうなれば,管直人が新党結成!マニフェストは<いったん任命されたポストは任期満了まで絶対投げ出しません。どんな批判にされされてもポジションにしがみつきます> - 管直党

2011年7月 5日 (火)

松本復興相の放言を「弁護する」人たちの奇妙なツイート

松本復興大臣は辞任するつもりはないようだが、まあ、管内閣そのものがあと2か月もすれば終わっているだろうから、松本復興相の“任期”もそれほど長いものではあるまい(そう願いたい)。

日本という国には本当に幻滅しか感じられない。「もう少し若ければ。。。」、「扶養家族がいなければ。。。。。」、「こんな国を出て。。。。」などと妄想が浮かぶ。

もうこの問題について書きたくはないのだが、松本復興相の放言に対して、奇妙な「弁護」をいくつかのツイッタ―で見たので、最後に少し書いておきたい。

①例えば、.ジャーナリストで民主党参議院議員の有田芳生氏は「物事にはすべて背景がある。松本龍復興大臣発言。昨夏『これまでの体質を変えてください』と未知の議員から声をかけられた。あとで松本議員だと知った。予算委員会でもずっと丁寧な対応。べらんめえの物言いと内容は区別すべき。宮城県知事にはこんな問題も。http://goo.gl/zvnfm」というツイートをアップしている。

②また、編集者(ジャーナリスト?)の 竹田圭吾氏は「宮城県知事が主張する漁業権集約問題(特区構想)について、松本大臣は『県でコンセンサスを得るべきだ。そうしないと我々は何もしない』と言った。『地元漁協の理解を得ないかぎり国は認めない』というニュアンスに読めるが、地元無視と知事を批判する立場からは、これは評価されるべきではないのか」、などとツイートしている。

まあ、ツイッタ―なので前後のコンテキストを無視して「引用」するのはよろしくないのかもしれないが、これら2つの発言は、松本復興相の放言とはなんの関係もないことだ。

復興の受け入れ態勢について、宮城県側(知事側)にもいろいろと問題があるのはそうかもしれない。また、県でコンセンサスを得るべき、という松本大臣の発言も、“評価されるべき”内容があるのかもしれない。

それから、いちいち挙げないが、宮城県側の「復興支援をたかろとする」姿勢、を批判しているようなツイートも目にした。

しかし、今問題になっているのは、昨日のような公の場で、復興大臣があのように「感情に流されて」、「ウサ晴らし」のようなことを口走ったということなのだ。

今回、宮城県知事が「大臣を出迎えず、遅れて部屋に入ってきたこと」がどれほどの問題であるのか、どれほど失礼なことなのか。それについてもいろいろ意見はあるだろう。しかし、もし、宮城県知事の「遅刻」が失礼なものであったとしても、それは、会談の後でしかるべきルートを通じて注意なり、窘めの言葉を伝えればいいだけで、昨日の映像は、松本復興相がようするに自分が腹をたてて、その感情をぶちまけただけであろう。

その程度の感情をコントロールできないような人間に、今回の大震災の復興担当大臣という、利害関係、利害対立が錯綜するにきまっている役割のリーダーが務まるだろうか。今、問題とされているのは、そういう点なのである。

それなのに、①とか②、その他もろもろの、今回の件とは関係のない問題を出してきて、「ものごとには背景がある」とか、「これこれについては、評価できるのではないか」などと言っている人は、自分ではそのつもりでないのかもしれないが、松本復興相を「弁護」しているだけに過ぎないことに気づかないのだろうか。このようなツイートを流す人たちは、もう一度、冷静に考えてみてはどうか(もっとも、有田氏は、民主党員という立場上、意図的に「弁護」しているふしもあるが)。

復興担当相の一番の任務はなにか。最も弱い立場にいて被災した人たち(子供、病人、老人、障害のある人、などなど)を中心に、生活を支援し、被災地の復興をできるだけ早くスムーズに進めることであろう。利害関係がからむことから、一筋縄で行く仕事ではない。すべての人を100%満足させるような復興は誰がやっても無理だろう。しかし、そのなかでも、できるだけ利害を調整し、将来のことを踏まえて、しかし、スピード感を持って復興を進めるのが復興担当大臣の役割であろう。そのような役割を担うべき人間が、出迎えがないとか、自分より知事が遅れて部屋に入ってきたとか、そんなことで腹を立て、あまつさえ、多くの人が回りにいるなかで、自分の感情を抑えられない。そういう人間が、何を立派なこと、正しいことを言っても、説得力はないのではないか。

そのような人間の過去の「発言」や「背景」を取り上げて、ツイートしても、何の意味があるのか。

今回の松本復興相の放言についてのコメントでわたしが一番感心したのは、田原総一郎氏の次のツイートだ。

「 松本復興相、、、この人の言動はどう思われますか?」というRTに対し、田原氏は「一言で言えば幼い。きっとこれまでに出迎えを受けなかったという体験がないのでしょう。恵まれ過ぎて人生を歩んできたのだなぁ、と、あらためて感じた」

と答えている。「幼い」、まさに適切なコメントだと思う。昨日の映像を見て、大人の態度だと感じる人がいるだろうか?そして、そういう大人でない「幼い」人間が、一国の大臣に相応しいだろうか?

しばらく前、朝生の感想を書いたときにも触れたが、わたしは、田原総一郎は正直、あまり好きではなかったし、いまでもそうなのだが、最近、自分のなかでの評価が少し変わってきた。

いずれにしても、松本復興相の昨日の放言については、「やれ宮城県側にも問題がある」とか、「松本大臣の提案そのものは間違っていない」などと話をそらさず(それらは別の問題だ)、そもそも、あの態度はなんのか、もし、テレビ映像だけでは信用ならん(映像の操作により印象はもちろん変わるから)というのなら、その場にいた人たちを全員取材して(せいぜい数十人とかその程度だろう)、あの映像がそれを見た人に与えたであろう印象と、その場での雰囲気、印象にそれほど齟齬があるのかどうか、検証してはどうだろう。

2011年7月 4日 (月)

松本復興担当大臣の発言に関して―政治家の資質とは?- 「一事が万事」 - 不用意な発言が多すぎる日本の政治家

(目の前の仕事を回避したいときは、ブログを書くのが億劫どころか楽しくなってしまうのは困ったもんだ)

さきほど、松本復興相のヤクザ発言の動画を貼り付けたが、そのあと、いろんなツイッタ―を見ていたら、①あの程度の発言は、一般企業の部長や重役クラスを相手にするときは珍しくもなんともない。②1分足らずのビデオクリップの情報だけで1人の大臣の資質を全否定してしまうのはどうか―といった「冷静な」ツイッタ―発言(ツイート)が目に留まった。

誰のツイッタ―かを明らかにしてもいいのだが、個人攻撃が目的ではないし、上の2つは、予想されるいくつかの意見のある意味、典型的なものであり、表現が異なっても、同様の意見はこれから一週間、ネット上や週刊誌でも出てくるだろう(木曜日発売の新潮や文春でどういう記事が出るか、今から想像できる)。

今回の松本大臣の発言に関する上記のようなコメントは、一見、冷静そうでもっともらしい(自分はこんなビデオだけでギャーギャーわめく大衆ではない!!)が、わたしの判断は違う。たしかに、テレビや新聞、雑誌の断片的な報道のみで、ある人間を悪く評価してしまい(良い評価でも同じことだが)、重大な間違いを犯すことは少なくない。人物や物事を正しく評価するには、十分な調査や慎重な検討が求められる。

しかし、「一事が万事」という言葉もある。もちろん、ことわざというものはどのことわざであっても、一方向からの断定なので、常に、反対のことわざがあるが(と、ここで、一事が万事の反対のことわざを探したが、なかなか見つからない。ようやく、群盲象を評す、という言葉を見つけた)。上記の②のコメントは、わずか1分足らずの映像で、「大臣の資質を全否定してしまう」ことを、群盲象を評している、とでもいいたいのだろうか。

①のコメントについては、一般企業のお偉いさんが、利害関係のある相手(取引先や部下)に言う放言を例にして、「あの程度の発言は一般社会では普通にある」と言っているに過ぎない。

①のコメントも②のコメントもわたしは間違っていると思う。物事の本質をとらえていない。

松本大臣はまず、政治家であること。しかも、いま、ある意味でもっとも緊張感を持続していなければならない、大震災の復興担当大臣であるということだ。そういう大臣であれば、24時間、それこそ、トイレの個室でクソをしているときでも、一瞬たりとも油断せず、自分の言動に注意を払うべきなのだ。それがイヤなら最初から大臣など引き受けなければいい。

これは大臣の発言ではないが、以前、わたしは日本人の幼稚性を感じる、というテーマで、田母神・元航空幕僚長や井戸・兵庫県知事の発言について書いた。また、石原慎太郎東京都知事の放言についても書いている

今回の松本復興担当大臣の発言も含めて、これらすべてに共通していることは、日本の政治家や公職にある人間の「不用意な発言の多さ」だ。もちろん、海外でも同様のことはあるだろうが、日本人の政治家が特に多い気がする(これについては、データをもとに言っているわけではないので、反証データが明確に示されれば考えを改めることはやぶさかではありません)。

政治にとって言葉が重要である(政治は言葉)、ということはよく言われることだ。人が発する言葉は、その人の本音を隠すこともあるが、往々にして本性をさらけ出すことのほうが多い。政治家の発する一言一句に過剰に反応するのは、ワンフレーズポリティックスに影響を受けやすい「知性の足りない大衆」だと言う人もいるかもしれないが、わたしはむしろ、「一事が万事」、で判断して間違いないと思う。特に、今回のような、それこそ、一言一句、に心配りをすべき状況にあるときの復興大臣のあの発言は、オフレコだぞ、などですましていられるものではないはずだ(しかも彼は、ごていねいにも、このオフレコを発言を流したメディアは新聞であれテレビであれ叩き潰すぞ、という意味の恫喝までしている)。

本当に情けない。日本人であることが悲しくなってくる。

松本龍復興担当相はクビにすべきだ-管首相もろとも消えてほしい

締切がせまっている原稿がなかなか進まず、ブログなど書いている場合じゃないのだが、あるツイッッターのTLを見ていたら、松本復興担当大臣のこの動画が紹介されていて唖然とした。

こんなヤツが復興担当大臣とは、情けない。早く消えてほしい〔この動画も、こいつらの“圧力”で早晩、YouTubeから削除されるかもしれないが、これを見て憤りを感じた方、いろんなところに拡散してください(動画をダウンロードするやり方をご存じの方、削除される前にダウンロードして、いろんなところに貼りなおして下さい)〕。まったくこの動画、ヘドが出るな。〔特に35秒(0:35)からの映像〕。これは公人の発言じゃない。こじゃあまったくヤクザの恫喝だ。被災地の方々が見たらどう感じるだろう。これが日本の復興担当大臣なのか。これが震災後、世界中から称賛された日本人なのか。

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