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2011年11月

2011年11月27日 (日)

沖縄・普天間基地を見てきました

24~25日,仕事で沖縄に行ってきた。宜野湾市にある沖縄コンベンションセンターが会場だったので,2時間ほどあった昼の空き時間にタクシーを使って普天間基地を見てきた。23日も日片道5時間以上かかる岡山県津山市まで日帰りの取材に出ていたので,先週は,気分的にはほとんど移動の連続だった。

事前に「本土の人間は知らないが,沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド」という本を購入し,普天間基地のところだけ行きの飛行機のなかで目を通していたので,まずは宜野湾市役所の屋上に行き,そのあと,沖縄国際大学前,そして,嘉数(かかず)高台公園,と効率のいい“観光”ができた。仕事もこれくらい段取りよくはかどればいいのだが。。。。

タクシーの運ちゃんは宜野湾生まれの宜野湾育ちという60歳くらいの人で,さすがに基地のことは詳しく,聞くといろいろと話してくれる。しかし,最初に宜野湾市役所の屋上から普天間飛行場が近くに見えるらしいので行きたい,と伝えると「事前に申請して許可でないとダメかもしれない」という。上記の本で見学を希望するとすぐに屋上へ上がらせてくれると書いてあったのでそういうと,市役所に電話して確認してくれた。問題なし。タクシーの運ちゃんは「不思議なもんですね。わたしはずっと宜野湾市に住んでいますが,市役所の屋上にはあがったことがありません」と言ったが,東京生まれの東京育の人でも東京タワーに上ったことのない人はいくらでもいるだろうから「まあ,そんなもんですよ」と答えておいた。

宜野湾市役所に着いて3階の基地対策課(こういう課が存在することが沖縄らしい)に行き,見学を希望すると若い男性職員がカギを持って案内してくれる。途中の階段には,航空写真や地図がいくつか飾ってあり,説明もしれくれた。屋上にあがると「済んだら声かけて下さい」と言って,男性職員はいなくなった。

市役所と嘉数(かかず)高台公園は,ちょうど普天間基地をはさむ位置にあるので,この2カ所から見ると,滑走路を両側から眺めることができる。

宜野湾市役所の屋上に出て最初に目に飛び込んできたのは,普天間基地,ではなく,ソーラー発電のパネル(↓)。市役所の発電をソーラーでやっているのだろう(使用電力のどの程度をソーラーでまかなっているのかなどは確認しなかった)

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振り返ると,屋上の低い柵から滑走路と駐機中の戦闘機が見えた(↓)

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市役所のあとは,2004年の8月に米軍ヘリコプターが墜落して大きな問題になった(幸い夏休みだったので死傷者はなし)沖縄国際大学に向かった(↓)。右下方のはげになっている樹のところが墜落した場所でモニュメントとして残しているらしい。後ろの建物は当時は2階か3階だての古い建物で,そのビルも破壊されたらしい(その後すぐ,国の予算で現在のような建物に建て替え)。

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次に運転手の案内で,夜間に使用される滑走路の誘導灯が見える場所に行った(↓)。昼間だったので戦闘機やヘリはほかの場所に訓練に出払っているそうだが,夕方から夜間は基地に戻ってくる戦闘機の騒音がすごいらしい。

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Img_0328_2金網にカメラをつっこんで,網が写らない写真をとってみた(↓)。

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偉そうな看板(↓)。戦闘機が戻る夜に写真などをとっているとMPが飛んできて詰問されることがあるそうだ。

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最後に嘉数(かかず)高台公園(↓)に行き,展望台から(市役所とは反対方向から)普天間基地を見た。

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嘉数(かかず)高台は,第二次大戦の本土決戦でもっともはげしい戦闘が行われた場所の1つで,陣地壕が残されている(↓)

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嘉数(かかず)高台から見た誘導灯(↓)

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嘉数(かかず)高台から見た普天間基地(右上,森の後ろに見える四角い建物が宜野湾市役所[たぶん])。

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ふと左を見るときれいな宜野湾(天気がとてもよかった)が見える。青いドームのような屋根が沖縄コンベンションセンターー。考えてみれば,ずいぶん物騒なところにある会議場だ。

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沖縄問題に特に強い関心を持っていたわけではないが,ちょっとタクシーで“観光”しただけでも,沖縄というのはたいへんなところだな(↓)と強く感じだ次第である。(2時間だけですよ。仕事はきちんとしましたので。。。。って誰に言い訳してるんだか)。

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さあ,明日から,溜まっている原稿書きを一気呵成に片付けよう。

2011年11月 8日 (火)

学会取材-「Worldsleep 2011」(京都)(とりあえず書いておこう)

Worldsleepは,3年か4年に1度開かれる睡眠研究(睡眠学)の国際学会で,今年は,日本睡眠学会と併設して,10月15日~20日まで京都国際会館で開かれた。15日と16日が日本睡眠学会で,Worldsleepが16日~20日だった(16日は重複)と思う。

睡眠学というのは,睡眠科学,睡眠医学,睡眠社会学,の3つに分類される。睡眠科学と睡眠医学が分かれているのが紛らわしいといえば紛らわしいが,睡眠科学のほうは,純粋に睡眠のメカニズムを研究する科学,睡眠医学というのは,睡眠と健康との関連などを研究する領域だろうか。睡眠社会学は,ライフスタイルや環境など,(人々の)睡眠状況を社会学的手法で調べる研究分野だといえる。

この学会については,事前に参考書を数冊読んで行ったので,なかなかおもしろかった。ただ,睡眠科学(狭義の睡眠研究)は,オレキシンの発見以降,画期的な発見がもう出尽くしているのでは,という感想をもった。

睡眠医学のほうは,睡眠不足が肥満をもたらす〔これもレプチン(食欲抑制に作用するホルモン)の減少やグレリン(食欲を刺激するホルモン)の増加など,ホルモンとの関連が示唆されている〕,2型糖尿病のリスクを高める(肥満をもたらすのであれば当然か),心血管系疾患のリスクを高める,など,長いシンポジウムがいろいろあったが,正直,どれも隔靴掻痒という感じがした。

現代社会が24時間,昼も夜も働いている人が増え,睡眠にとって好ましくない環境になりつつあるというようなメッセージ(発表)がくどいほど続いたが,「うーん。で,だからどうなんだ?どうしろっていうんだ?」と言いたくなるような発表が多かった。早寝早起きが身心の健康にいいことなどは昔からわかっていることだし。

初日と2日目だったか,国際会館の庭園の離れにある茶室で茶道(tea ceremony)体験のようなものが開かれており,国際会議なので,外国の人がたくさん参加していた。わたしは外から眺めていただけで,自分は体験しなかったが,着物を着た説明係りの女性が流暢な英語で“Ichigo-ichie(一期一会)”を説明していて,「さすがは京都」と感心した。

学会取材-「臨床細胞学会-秋季大会」(東京)

午前の貴重な時間をブログ書きなんぞに費やしている場合じゃないが(夜遅く,仕事のやる気が出ないときにブログを書くのはよい暇つぶし/気晴らしになる),乗りかかった船(?)なので,あと2つまとめて書いておく。

といっても,たいしたことは書けないが(じゃあ,ブログ書くのやめて仕事すれば?という心のささやき)。

10月22~23に東京で開かれた「臨床細胞学会-秋季大会」は,22日にあった1つのシンポジウムだけを取材した。臨床検査技師,という職業名は知っていたが,細胞検査士,というのは知らなかった。ウィキペディアによると「細胞検査士(さいぼうけんさし、英: cytotechnologist )とは、細胞病理検査(en:cytopathology)を専門業務とする病理検査室の臨床検査技師のことである。」だそうである。

この学会は,医師の発表も多いが,どちらかというと細胞検査士のための学会,という印象を持った。私が取材したのは,乳癌のチーム医療に関するシンポジウムだった。

そのシンポジウムの内容も興味深いものであったが,そのとき抱いた「素人の疑問」は,“針生検”という言葉はどうも誤解を与える名称なんじゃないかということ。というか,使い方が結構,混乱されているような印象を持った(たんにわたしの頭が混乱しているだけかもしれないが)。

というのは,細胞診で行われるのは,正式には,穿刺吸引細胞診(Fine Needle Aspiration;FNA)だが,それに対して,針生検(マンモトーム)という言い方がされているからだ。

いまちょっとググったが,どうも,細胞診の“針生検(= FNC) ” VS マンモトーム,という説明もあるが,少なくとも,上記の臨床細胞学会で聞いた発表では,細胞診(=FNC) VS 針生検(マンモトームを含む)という区分けであった。針生検には,マンモトームとバネ式針生検装置を使った“吸引式針生検”というのがあるそうだが,これはFNCとは別もののようだ。

そもそも,細胞診とFNCでは呼称の次元が異なるのに,それをほぼinterchangeable(同義語)のようなものとして発表では使われており,それに対して,針生検は,太い針による侵襲性の高い検査,という位置づけだった。

針生検というのは前立腺癌などでもあるが,一般の人が針という言葉から得る印象は,やはり乳癌の細胞診で行われるFNC程度の針(注射針)であり,マンモトームで使われる“針”は,針というよりも“棒”に近い感じではないだろうか。もう少し,使う言葉を実態に即したものにしたほうが,患者に誤解(過剰な安心や過剰な恐怖)を与えないのではないかと思った次第である。

学会取材-第49回 日本癌治療学会学術集会;NCCNガイドラインシンポで再び感じた疑問―「そんなのわかってたことではないの?」

最近取材した学会で感じた「素人の疑問」を4学会分書こうと思って始めてみたが,すでにやる気が失せてきた(∞≧◇≦) (←これ,「テヘ」を意味する絵文字だそうです)。

10月下旬に名古屋であった日本癌治療学会(JSCO)。今年もたいへんな賑わいだった。わたしは2つのセッションに入って短い原稿を書いただけで,昨年と違って,仕事と関係のない発表を聞くこともしなかったのであまり書くことはないのだが(じゃあ,書くなよ,と一人つっこみを入れる)。

Asian Session 2のNCCNガイドラインのシンポは仕事の必要上,聞いた。NCCNとは,National Comprehensive Cancer Networkの略で,米国の癌診療で一流とされている21だか22の施設(大学の附属病院とか,○○癌センター,など)で構成されるNPO組織だ。

NCCNガイドラインという言葉くらいは知っていたが,そのガイドラインの特徴などは,正直,今回の仕事をするまであまり知らなかった。NCCNガイドラインは,米国臨床腫瘍学会(ASCO)や欧州のガイドラインや声明(ステートメント)(乳癌であれば,ザンクトガレンのような)と並び称される権威のあるガイドラインで,アジア諸国もそのガイドラインを自国に取り入れようとしているらしい。

ただ,言葉の問題(英語でそのまま使用しない場合,当然,翻訳作業が必要になる[←俺にも翻訳の仕事こないかなあ。やりまっせ])や,医療システムの違い(保険適応の違い)などがあるので,そのままでは使えない部分もある。まあ,そういったことをディスカッションしようというセッションだった。

お世辞にも「大盛況」とは言い難いセッションではあったが,NCCNガイドラインの特徴として,改訂が頻繁に行われることが挙げられる(領域にもよるが,年に2回はめずらしくなく,3回以上の場合もあるそうだ)。そのようなことが可能な理由の1つが,エビデンスを重視しながらも,最終的には専門家の意見が重要視され,それによって,推奨のカテゴリーが変わる,という改訂プロセスの特徴にあるようだ。

なんだか,だらだらと書いてきたが,ここで素人の疑問が湧いてきた。EBMでは,試験や研究(その種類にもRTCから観察研究まで,いろいろランクづけがある)に裏付けられない,専門家の意見,というのは最もエビデンスレベルの低いものに位置づけられているのではなかっただろうか。

このセッションの冒頭でも,そのようなNCCNガイドラインの特徴の説明があり,それが,NCCNガイドラインの強みの1つ(?)として紹介されていた記憶がある。座長の1人だった西条先生も「重要なポイント。例えば,肺癌領域の○○○などという試験は全く評価できない試験なのに,試験デザイン上はレベルの高いエビデンスとされている」というような内容のコメントをされていた。

しかしなあ。EBMが始まる最初から,そういう問題(試験デザインのみに依存したエビデンスレベルの決定に伴う弊害)は予想されていたのではないだろうか。

「俺が権威だ」,「俺にまかせておけ」というようなドクターばかりでも困るが,逆になんでもかんでもエビデンスレベルや推奨グレードばかりでは,医療の職人(ART)の部分(これは,やはり経験の裏打ちが必要だろう。EBM的なエビデンスにはならないかもしれないが)がおろそかになるのではないだろうか,と以前から抱いていた疑問を改めて感じた。

学会取材-第13回 日本骨粗鬆症学会:ガイドライン改訂シンポ- 質疑応答最後のFRAX批判に思わず肯いてしまったぁ。。。。

前のエントリーでえらくもったいぶったことを書いてしまったが,10月以降に国内で取材した学会は,「Worldsleep 2011」(京都),「臨床細胞学会-秋季大会」(東京),「日本癌治療学会」(名古屋)そして,「骨粗鬆症学会」(神戸)の4つ。

Worldsleep (日本睡眠学会と併催)が一番早く(10月中旬),それぞれの学会で「素人の疑問」(= その7~8割くらいは自分の知識不足が原因であることは承知いたしております)をいろいろと抱いたが,書く気力が途中でなくなりそうなので,とりあえず,記憶が比較的鮮明な新しいものから書いておこう。

今回の日本骨粗鬆症学会の目玉の1つは,やはり,「ガイドライン改訂のシンポジウム」(シンポジウム7)であったと思う。

「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライ2006年版」を改訂し,年内にも「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2011年版」が出版されるようだ。

2006版発刊以降に発売となった新しい骨粗鬆症治療薬(2011年3月までに承認のもの)〔ミノドロン酸(= ビスホスホネート),エルデカルシトール(= 活性型ビタミンD3製剤),バゼドキシフェン(= SERM),テリパラチド(= PTH製剤)〕は,当然,推奨薬のリストのなかに加わる(抗RANKL抗体のデノスマブは入らないが,これは承認が2011年3月以降だったこともあるが,何よりも適応が骨粗鬆症ではなく,「がん骨転移による骨病変の治療」薬として承認されているからだろう)。

薬剤に関しては,エストロゲン製剤のうちのいくつかが,推奨グレードが2006年版より下がったり,エチドロネート(古いビスホスホネート)の推奨グレードが一部下がったりするようだが,大改訂というほどの変更はないという印象を持った。

一番大きく変わった(2006年版と比べて)のは,骨粗鬆症薬物治療の開始基準,と言われるやつで,「1300万人とも言われる日本の骨粗鬆症患者のなかで治療を受けているのは30%程度に過ぎない」と,よく言われる現状認識に対し,もっと多くの患者が骨粗鬆症治療を受けるようにするために,いろいろと「治療開始のハードルを低くした(?)」ということだろうか。

そこで導入されるのがFRAXと呼ばれるWHO骨折評価ツールだが,これに関して,シンポジウムの質疑応答セッションの最後のほうで,フロアからある先生が「自分はFRAXの導入には賛成できない」と言って,座長を務めていた折茂先生と中村先生が,やっきになって反論(口封じ?)をしていたのがおもしろかった(おもしろかった,は不適切表現かもしれないが)。

FRAXというものがあることは2年くらい前に知ったが,素人的にも疑問符がいっぱいでてくるツールだと思っていた。

最初に(2年くらい前に初めてこのツールのことを知ったとき)わたしがヘンだと思ったのは,DXAによる大腿骨頸部骨密度(BMD)の値を入れても入れなくてもいい,というところ。入れても入れなくてもいい?それで同じ値が出るのなら,最初から入れないようにしていればいいはずだが,実際には入れた場合と入れない場合で,リスク値(正確には,10年骨折発生確率)(%)は異なる値になるようで,今回の学会も,それを指摘した発表もあった。

しかも,FRAXは「FRAXに採用された骨折の危険因子は広島コホートを含む世界10カ国の一般住民(約6,000人の男女)からなるコホート調査の結果をメタ解析し設定されたとしているが、解析方法の詳細については公開されていない。」そうだ。

また,FRAXに関してどうしてもヘンだと感じるのは,今回の学会の一般演題でもそのような発表がいくつかあったが,例えば,「FRAXを使って骨折リスク評価を〇〇〇人にしました。そのうち,●●人がその後,外来にきて骨密度を測定してもらいました。そのひとたちの骨密度は△△ g/cm2で,そのひとたちはFRAXで高リスク(ガイドラインではリスク値15%がカットオフ値になるそうだ)と判定された人に多かったです。よってFRAXは有用です」というようなストーリーの発表だ。

同様の一般演題はいくつかあり,そのときの座長の先生が,「FRAXというのはそういう目的で使うツールではないはず」と一度ならずコメントしたのを聞いた。

しかし,これは一般演題に限らず,例えば,シンポジウム7でも,FRAXの有用性(?)を支持するデータとして,長野コホートとか,ほかに名前は忘れてしまったが,とにかく,日本の大規模なコホートのデータをもとに,「そこで骨折した人をFRAXで評価しなおすと(?),リスク値がカットオフの15%よりも低い値が出た。したがって,FRAX 15%のカットオフ値は妥当であるばかりでなく,むしろ,控えめなカットオフ値だ」と。最後の一文は,実はそこまではっきりとは言っていなかったが,ニュアンスとしてはそういう意味合いのメッセージともとれる発表であった。

しかし,これも,頭の悪い素人のわたしにはどうしても???とクエスチョンマークが出てきてしまう。FRAXそのものの評価が定まっていないのに,それを基準にして,そのツールで出た値と比べて,FRAXでのリスク値より高いとか低いとか,FRAXではこういう値になったとか,そのような発表とか研究はいったい,なにほどの意味があるのだろうと,正直思う。

臨床試験や薬剤のグレードについては,やれEBMだ,やれエビデンスレベルだ,と言っているわりに,FRAXに関してはどうしてこうも「素直に」その“有用性”が受け入れられるのか,ど素人のわたしにはよく理解できない疑問であった。

2011年11月 7日 (月)

学会取材-10月からの国内学会取材いろいろ

8月末から海外学会の取材仕事が2つ続き(ICSとASBMR),一息つくと思ったら,10月からは国内の学会仕事が続いて入り,“商売繁盛”で嬉しいことは嬉しいのだが,疲れは溜まる一方だ。しかしこの疲れは,仕事に追われる辛いスケジュールのせいというよりも(それもある程度あるにはあるが),仕事がおもしろくない,ということにあるようだ。仕事がおもしろくない,などと書くと,仕事を出してくれている出版社や代理店の人に怒られそうだが。。。。

学会取材でもインタビュー原稿でもそうだが,おもしろくない,と感じる場合,その7~8割くらいは,「内容がわかっていない」ことからくる「おもしろくなさ」だ。つまり,自分の知識不足が原因でおもしろくなくなっているのだから,取材対象に関連した参考書なり記事なり論文をたくさん読んで,内容を理解することがおもしろく感じるようになる一番の方法だ。

それは自分でもわかっているのだが,わたしのような仕事をしていると,1つのテーマをじっくりと勉強して,などという悠長なことはしていられない。

このブログですでに何度も書いている知識の自転車操業,ペダルを踏み続けなければすぐに倒れてしまう。

昔,立花隆の本を読んでいて,<ジャーナリストに必要な才能の1つは,どんなテーマでもすぐに半可通になれること>というような言葉に出会ったことがある。たぶん,デイビッド・ハルバースタムとのインタビューを載せた本だったと思う。そのまえがきでそのような言葉を目にしたような気がする。

わたしは自分のことをジャーナリストだなんて思ったことはないが(まさか!),どんなテーマでもすぐに半可通に,というこの部分は,自分の仕事と大いに共通点があるとそのとき感じたのを覚えている。ただし,立花隆氏はそのあとに続けて<一流と二流以下のジャーナリストの違いは,半可通になったあと,少しでも専門家のレベルに近づくための努力をし続けられるかどうかだ>のようなことを書いていた。この部分は本当に胸に堪えたし,当時,まだ,医学新聞社に勤務していたが,「自分も少しでも医者と対等な話ができるよう頑張って勉強しよう」とやる気を新たにしたのを覚えている。

ああ,それなのに,それなのに。

学会取材の仕事が続くと締切に間に合わせて原稿を書くだけであっぷあっぷで,知識の掘り下げなどなかなかできない。

そして,素人のまま,乏しい知識でいろいろと“不満”や“批判”や“疑問”を抱いてしまう。最近の国内学会の取材で感じた,「素人の疑問」を書いてみたい(さすがに“批判”という言葉は怖くてつかえない)。

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