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2012年1月

2012年1月25日 (水)

ポメラ,野口みずき,ブロッキング高気圧,プロモーションコード改訂→大丈夫か2012年

またまたわけのわからんタイトル。まとまった文章を書く気力が湧いてこないのでとりあえずもろもろの独り言(いつも独り言だが)。

ついにポメラを購入:ポメラというワープロだかメモツールだかわらないテキスト専門の機械(?)があることは知っていたが,一番古い型(POMERA DM10)がアマゾンで7000円弱で売っていたので思わず購入してしまった。出張の際,やり残した仕事をかかえていたり,空き時間・移動時間の長いときはノートパソコンを持っていくこともあるが,能率よくこなせたことがほとんどない。新幹線など,パソコンを開く気もしないし,空港で待機しているときも,1時間程度の空き時間の場合,メールをチェックしたりネットをみたりしているとすぐに時間が過ぎる。そこで,ポメラに期待。へんにネットにつながったり,メールチェックできるからムダな時間になってしまう。すぐに起動して,メモ書き程度でいいから原稿の準備をしておく。これで仕事の効率がうんとアップ,となるか?

野口みずき:29日の大阪国際マラソンに出場予定だった(4年2カ月ぶりのフルマラソン)野口みずきが,左太腿の炎症のため欠場,というニュース。無念の北京以来,頑張ってきたのに気の毒だが,奇跡の復活はやはり無理か。本人は「私はあきらめない」と言っているらしいが。ロンドンオリンピックの選考レースはまだあるようなので,今回の欠場が「無理をしなくてよかった」となればいいが。

ブロッキング高気圧:オホーツク海付近に発生した「ブロッキング高気圧」というやつの影響で,日本列島が広い範囲で寒気に覆われているという。2月上旬まで,大雪と厳しい冷え込みが続く,って明日,札幌,31日に福井,2月16日に仙台に行くのになんでじゃあ。

プロモーションコード改訂→大丈夫か2012年:製薬協の医薬品広告に関するプロモーションコードがまた厳しくなることをつい最近知った。すでに影響はいろいろなところに出ているようた。個人的には,例外的な仕事がいくつか続けて入ったので,1月~2月はなんとか乗り越えられそうだが,3月以降はまったく不透明。“業界仲間”と少し話しをして,ネットで検索した限りでは結構,厳しいし状況になるかもしれない。

2012年1月15日 (日)

年末から年始あれこれ⑤―2012年の新年の誓い―今年の目標はダイエット。いつまで続くか<糖質制限食>

そういえば昨年は「毎日10~15分の事務所整理(含む掃除)」が新年の誓いなどと書いたが,まったく守れない誓いであった。

なら,よせばいいのに,今年もまた新年の誓いをたてた。ズバリ,ダイエットである。40歳を超えたころから明らかに中年太りが始まり,サラリーマンをやっているころからすでに太ったと指摘され始めていたが,フリーランスになってからは,不規則な生活とひどい食生活,運動不足がかさなりさらにみっともない体型になってきた。

これも池田信夫氏のブログかなにかで紹介されていたものだが,「主食をやめると健康になる」(糖質制限食で体質が変わる)(江部康二)という本を読み,俄然興味を持った。低インスリンダイエットなどと呼ばれるものと基本的な考えは同じだと思うが,原理はよく理解できた(つもり)。

開始したばかりでまだ成果は表れていないが,2週間ほど過ぎた感想を一言で言うと「食うものがない!」

巻末に避けるべき食品リストが載っているのだが,これらを忠実に守っていたら食べるものが恐ろしく制限される。ましてや,外食などで糖質制限などを考えると,本当に食べられるものが少ない。自分で時間をかけて料理するのであればできるだろうが,外食やコンビニ・スーパー等でそのまま食べられるものを買う,といういまのわたしの食生活ではなかなか厳しい方法だ。それと,「金がかかる」。麺類やごはんものなど,腹にたまるものは一切だめなので,おかずばかりを食べている感じだ。3食とも糖質制限食は不可能なので,朝だけはパンを食べている。とりあえず,10kg減量を目標にしているが,いつまで続くかはなはだ自信がない。。

年末から年始あれこれ④―梅棹忠夫という人には興味感じた-週刊文春1月19日号の<私の読書日記>

『文明の生態史観』がどれほど重要な論文(本)なのかは,いまいちピンとこなかったのだが,今週発売の週刊文春(1月19日号)の<私の読書日記>というコラムで梅棹忠夫が紹介されており(このコラムの著者は俳優の山崎勉氏。わたしの好きな俳優の1人だ。すごい読書人でもある),梅棹忠夫という人物には非常に興味を持った。

<私の読書日記>の抜書きで,山崎氏が指摘したところをわたしも感心しているだけだが,一応書いておきたい。

藍野裕之著『梅棹忠夫 未知への限りない情熱』(山と渓谷社)という本を山崎氏は紹介していおり(このコラムではほかにも梅棹氏の本が何冊か紹介されている),次のようなエピソードが紹介されている。

小学生の頃,「昆虫を観察するのが楽しくなってしもうて」「標本をせっせとつくるようになった」梅棹氏は学校の先生にその成果をほめられ,「『おとなになったら,しっかり生物学を勉強して,世のなかの人たちの役にたつようになりなさい』」と言われたらしいが,

それに対し,梅棹氏は「わたしは,このときの心のなかの反応をいまでもおぼえている。それは反発にちかいものだった。口にはださなかったが,この先生はなんにもわかっていないな,とおもった。わたしの昆虫学は世の中の役にたてようとおもってやっているのではない。これはすきでやっているのである。わたしは子どもごころに『世のなかの役になんか,たってやるもんか』とおもった」という。

山崎氏は「これがこのキャラクター(梅棹氏のこと)に攻め入る突破口かもしれない」と書いているが,小学生でこのような心の反応を強烈に感じたというのは,梅棹氏というのはやはりすごいキャラクターだと思う。

『文明の生態史観』を読んでも,「なんじゃこりゃ?」という程度の感想しか持たなかったわたしだが,山崎努氏のこのコラムを読んで,(梅棹忠夫と言う人は)すごい人だったのかもしれない,と思った。

文庫本の文明の生態史観のなかに,「生態史観からみた日本」という講演の速記録が掲載されているが,そのなかで梅棹氏が,『文明の生態史観』発表後に投げかけられた反論や質問が,氏自身が予想していたものとは違うものが多かったと,世間の反応と自分の意図していたことのズレを書いているが,そのずれは,小学生の梅棹少年の先生に対する反応と深いところで関連しているように思う。

年末から年始あれこれ③―毎週1回,渋谷で2時間のお勉強会にあこがれて初めてはみたものの。。。

そもそもなぜ,アゴラ読書塾 池田信夫「日本人とは何か」,などに申し込んだかというと,1つは年末にやり残した仕事がはかどらなくて頭がおかしくなっていた(?)ことがある。しかし,それだけではなく,わたしはわたしなりに,日本人論的な本は昔は結構好きだったからだ。

もっとも,今回の読書塾で課題図書として挙げられている本のなかでは,第2回の『タテ社会~』と,これからの講義で対象予定の『日本人とユダヤ人』(山本七平)(←最初の発表はイザヤ・ベンダサンという自称ユダヤ人というペンネームだった)くらいしか読んでいない。

わたしはむしろ,京大の西洋史の先生だった会田雄二氏(『日本人の意識構造』『アーロン収容所』その他)などが好きだったし(簡単でわかりやすかったので),あとは精神分析医の土居 健郎の『甘えの構造』,ちょっと新しいところでは,岸田 秀の『ものぐさ精神分析』にはまった。

それなのになぜ,アゴラ読書塾に申し込んだかというと,池田先生の話を直接聞いてみたいという気持ちと,毎週1回,2時間の講義を12回(3月末まで)も聞くなどという,学生のような経験をしてみたい気持ちにかられたからだ。

しかし,申し込んだときは12回出席するつもりでいたが,今年は1月から取材仕事がいくつか続けて入り,すでに来週(第3回)は出席不可能。再来週(第4回)も予定が入りそうな状況だ。12回すべて出席できるとは最初から思っていなかったが,2~3回続けて休むとずるずると欠席してしまいそうな気がしている。ま,それでもいいのだが。

年末から年始あれこれ②―発作的に申し込んだ<アゴラ読書塾 池田信夫「日本人とは何か」>

昨年末(12月16日以降)のやる気低下はかなりひどく,パソコンの前に座ってもいろんな人のツイッタ―やブログ記事を読んだり,仕事にまったく関係のない本を読んだり,逃避モードの典型的な“症状”が朝から晩まで,毎日続いていた。そして,ある日,頭が一番おかしくなっているとき(?)に<アゴラ読書塾 池田信夫「日本人とは何か」>のお知らせを目にしたわたしは,発作的に申し込み,そのあとすぐに受講料も振り込んでしまった(しまった,と書くとなんだか公開しているようだが,それほど後悔はしていない)。

すでに2回の講義を受講したが,池田先生の講義を生で聞けるだけでも刺激的だ。第1回は梅棹忠夫『文明の生態史観』(1月6日),第2回は中根千枝『タテ社会の人間関係』(1月13日)。

梅棹氏の本は今回初めて読んだ。中根氏のタテ社会の~は若い頃に一度読んだ記憶があるが,内容は全く覚えていなかった。

両書とも古い〔梅棹氏の「文明の生態史観」という短い論文(最初に掲載されたときは,序説,という言葉ついていたらしい)は1957年頃,中根氏のこの本も1960年初めあたりらしい)ので,いま読むと陳腐というか当たり前な気がすることが多い。

そのことは,講義でも指摘され,特に,『タテ社会の人間関係』については,そのような評価が池田先生からも聴衆からも出たが,梅棹氏の生態史観,というのもわたしにはどうもピンとこなかった。

西側ヨーロッパ諸国と日本を第一地域,その2つに挟まれた地域(イスラム諸国,ロシア,インド,中国,東南アジアなど)を第二地域(第一と第二,逆だったかな?)と分け,西側ヨーロッパと日本はむしろ共通点が多い,というような内容だったと思う。

しかし,わたしがピンとこないのも当然という気がする。池田先生の説明では,当時(1950~60年代前半頃)は,歴史学者や経済学者の間ではマルクス主義の影響を強く受けている人が多く(というか,それが主流派),マルクス主義による「発展段階説」(アジア的,古代的,封建的および近代ブルジョア的,段階を経て発展世界史の歴史観(?))というものを信じている人が多かったからだそうだ。

わたしはインドには行ったことはないし,もちろん,梅棹氏のように学問的バックグラウンドもないので理論的は反論はできないのだが(それでも,海外を見分している,という意味では,西ヨーロッパ数か国,アフリカ3か国(ナイジェリアには2年在住),東南アジア4か国くらいは行っている),文明の生態史観一冊(この本はタイトルの論文以外に,梅棹氏の当時の論文をいくつか集めたもの)を読んでも,ただの旅行記程度にしか感じられなかった。一言で言うと,書いてあることが「当たり前のこと」ばかりという気がした。(笑ってしまったのは,「文明の生態史観」を書いた当時(この論文は,インド・パキスタンの探検旅行から帰った後に書いたものらしい),梅棹氏はまだヨーロッパに一度も行ったことがないと書かれていたことだ。それでいて,西ヨーロッパと日本は第一地域,中国,インド,ロシア,イスラムなどを第二地域,というような壮大な歴史観がよくも発表できたなあ,思った)。

梅棹氏の「生態史観」というのはそれをマルクスの発展段階説を否定するものとして,発表当時から多くの反響・批判的論考があったらしい。

しかし,マルクスなんぞ,本屋で立ち読み(読みというより,ページをぱらぱらめくっただけの,立ちめくり)したくらいかないわたしにとって,発展段階説にしろ,梅棹氏の「生態史観」にしろ,「それがどうした?」「で,それで,なんなんだ?」という感想しか思い浮かばなかったというのが正直なところだ。

年末から年始あれこれ①―いよいよ“節目の5年目”だが

いまさら「年末から年始」もないが,とりあえずこれが2012年最初のブログエントリー。今年からブログを別のプロバイダに移行しようかと考えていたが,やっている時間がなく断念。それではこのココログのまま,別の(既成の)デザインにしようといまちょっと試してみたが,やり方よくわからずそれも断念。結局,今年もこのままでこのブログを続けそうな気がしている。

昨年はASHから戻ってからガクンと仕事に対する意欲が低下し,それでも年内に終えるべき仕事が残っていたので30日まで事務所に“出社”したが,結局,やり残しができ,配偶者の実家で正月を過ごしたあと,3日から仕事を始めたが,先週一杯までやり残しの仕事に費やしてしまった。

今年は節目となる5年目(3年目のときも節目と書いたような気がするが)なので,なんとか乗り切らなければと思う。独立初年度に恐ろしいデータとして短いエントリーを書いたが個人事業(自営業)の80%が独立開業して5年以内に廃業しているので,今年一杯持てばトップ20%(?)に残ったことになる。

しかし,フリーランスの場合,本当の勝負は6年目以降からのようだ。5年なんとかもっても,体力的にきつくなってきたり(わたしももうかなりしんどくなってきている),クライアントの担当者が人事異動や転職で変わったりで,徐々に(あるいは急激に)仕事が減る場合が少なくないようだ。

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