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2012年6月

2012年6月12日 (火)

学会取材-第72回米国糖尿病学会(ADA)―フィラデルフィア

学会もあと1日。今日の午前中のセッションを取材、原稿を書いて終わりだ。

昨日は時間があったので、16:30からの Current Issues “Will PPAR Agonist Therapy Survive?”を聴いた。一応debateとなっていたが、ちゃんとしたdebateのフォーマットにはなっていないふつうのレクチャー。

PPARアゴニスト、チアゾリジン系の薬が糖尿病治療薬として生き残れるか、に対してYesの立場からの発表が、クリーブランドのSteven Nissen氏、Noの立場からの発表が(どこだったかちょっと忘れた。3つくらい所属が書いてあったがたぶんその1つは)Wayne State Universityの George Grunberger氏。

特に新しい情報はなかったと思うがなかなかおもしろかった(仕事で緊張して聞く必要がなかったからかもしれない)。Nissen氏はrosiglitazoneバスターとして有名。Nissen氏がNoではなくYesの立場で講演というのは悪いジョークではないのか、とこれはYesの立場から2番目に講演したGrunberger氏の冒頭コメント。

Nissen氏の講演の内容は単純。PPARアゴニストは1つの薬剤クラスとして一括りにできない。良い薬(The good)もあれば悪い薬(The bad)もあり、醜い薬(The ugly)もある。そして、rosiglitazoneはThe uglyでピオグリタゾンはThe goodだ、というもの。

Grunberger氏の話も、Nissen氏のrosliglitazoneの部分をなぞっただけで、これも講演の冒頭だが、「わたしの言いたいことのほとんどはすでにNissen氏が言ってくれた」と言っていた。

質疑応答の時間には、米国タケダの社員とかいう米国人が何度かフロアでコメントしていた。最近話題になったピオグリタゾンによって膀胱癌が増えるというPROactiveデータについても当然触れられたが、同じメタ解析で乳癌はプラセボ群と比べてピオグリタゾン群で減っているのにそちらはなぜ話題にならないのか、とそのタケダUSの人もNissen氏も言っていた。

わたしにとって一番興味深かった質問は最後にフロアに立った女性の質問。もうすぐ特許が切れてピオグリタゾンのジェネリックが米国で使えるようになるが、そうなるとピオグリタゾンに処方は増えるか?というような質問だったと思う。

Nissen氏はそれに対して「わたしのいるクリーブランドも経済的疲弊が最も激しい地域の1つだが、ピオグリタゾンを処方したくても(自費負担を)払えないので処方できない患者がいる」と言っていた。(ちなみに、自費負担分のことを米国ではCopay(コペイ)という。

実際、メトホルミンは只に近い値段だそうで、メトホルミンが第一選択薬に選ばれている理由もそこが大きい。

こういう医療経済的視点の議論は日本の学会やマスコミでは少ないが、それは保険適応されていればどんな高額な薬でも3割負担で処方してもらえること、癌に対する分子標的薬などの目の飛び出るような高い薬の場合は、高額医療費制度で、月額10数万~程度を超えると(収入によtって限度額異なる)払い戻ししてくれるからであろう。

日本人は自分たちがどれほど恵まれた環境にいるか、よく認識すべきだと思うし、同時に、それを今のような“態度”(なんでも国に頼る。気に入らないことはすべて政治のせい、役所のせい)で維持可能なのかどうか、反省すべきと思うが、まあ、しないだろう。話、完全に脱線しました。

2012年6月 1日 (金)

プレゼンとプレゼンスキルの重要性を再認識―それでも拭いがたい違和感

バーゼルでの仕事が終わり,あと30分で空港に向かう。今回の仕事は,あるプレゼン(プレゼンテーション)にオブザーバーとして参加してくれというものだった。〔こちらで合流した外人はピッチと言っていたが,これは英語と日本語(かたかな日本語)の違いなのか。あるいは,業界(たとえば,広告業界とPR業界)の違いなのか〕。

具体的な内容は書けないが,現地で1日半,プレゼン資料(パワーポイント)作成の打ち合わせやランスルー(リハーサル)を“見学”してプレゼンというものに以前から抱いていた違和感を改めて感じた(実際にはわたしも少しだけスライドを読まなければいけなかったのだが。。。。)

フリーランスとして独立する前の2年弱,医薬・医療業界の専門代理店,に分類される広告代理店に勤務した。わたしは編集部(門)に入社したので,資材の制作や編集が仕事の中心であり,プレゼンに積極的に関わることはなかったが,それでも,広告代理店なのでまわりでは常にプレゼンの準備や打ち合わせが行われており,その様子は自然と目に入ってくる。

また,社全体のミーティングなどで,親会社からきている社長が,パワーポイントを使って,パフォーマンスたっぷりにプレゼンするのは何度も聞いた。ときには,自己陶酔しているんじゃないかと感じることもあり,半分感心,半分(内心で)嘲笑,というのがいつも抱く印象だった(ただ,今思い返すと,後で書くが,日本人が苦手とする発表スキルとしてのプレゼンテーションの上手さはあったのかもしれない)。

人間を無理やりおおざっぱに“職人タイプ”と“営業マンタイプ”に分けると,自分は“職人タイプ”だと思うが,プレゼンスライドの作成や発表の練習の場で感じるのは,プレゼン資料の作成や発表を熱心にやっている人は,それに関してだけ,妙に“職人気質”を出すということ。

わたしなど,プレゼンスライドでいくらいいことを並べたてても,それが実際に実現できるのかどうか,言っていることにどれだけ根拠があるのかどうか,書かれたことを自分がどれだけ理解しているのかどうか,が気になるのだが,プレゼン作成に熱心な人はどうもそのあたりに関してはあまり気にしないというか,気にならない印象を受ける。それよりも,プレゼン資料(スライド)がオーディエンス(つまり,クライアント)にどう受け止められるかについてのみこだわり,“職人気質”を発揮する。

プレゼン(ピッチ)の第一の目的は,仕事を受注することであるので,見込みクライアントにどう受け止められるかを重視するのは当然だが,それでも,そんなことを言って(そんなに期待させるようなことを言って),受注した後,どうするのだ,とよく思ったものだ。ところが,「プレゼン命」みたいな人(こういう人が広告代理店には結構いる)は,仕事をとることで自分の仕事は終了。後は野となれ山となれ,と言うのは言い過ぎにしても,後は(自分以外の)実働部隊の仕事,と思ってるんじゃないかと感じることが多かった。

また,プレゼンテーション,つまり,スピーチの練習を何度も行う。これを重視することについてはわたしも違和感はない。今回も感じたが,外人(今回は過半数が英国人だった)はやはりプレゼンテーション(スピーチ)が上手だし,(日本人と比べて)一枚二枚どころか,何十枚も上手だ。

今回も,スライドの内容については,上に書いたことと同類の疑問を感じる部分が結構あったものの,プレゼンテーション(スピーチ)のスキルには見習うべきところが多かった。本番では,オーディエンスから当然,いろいろな質問が出るが,それらに対しても,説得力あるごまかし(?)というか,適切な回答になっていないのに,納得させてしまうような言葉のたくみさを感じた。

もちろん,彼ら(彼女ら)は英国人なので,英語が流暢であることは当然であるし,しかも,一流のエージェンシーのスタッフなので,上手なのはあまりまえとも言えるが,日本において日本語で行われているプレゼンはどうか。これについては,正直,わたしは経験がないのでわからないのだが(上記のとおり,以前勤務していた広告代理店で社内のプレゼンを見たり,練習的なものに参加したことがあるだけ),欧米人のほうがやはり上手いのではないかと思う。

広告会社やPR会社が仕事を受注する手段としてのプレゼン(ピッチ)というものに対する以前から抱いていた違和感と,欧米人のプレゼンテーション(発表)スキルの上手さを改めて認識した今回の出張であった。

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