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2012年7月

2012年7月13日 (金)

三笠宮さま(96)の心臓手術が示唆するこれからの高齢化医療の課題

三笠宮さま(96)が心臓手術(僧帽弁形成術)を受けられ,術後経過も今のところ順調のようである。医者でない私は,純粋に医学的なことを言う立場にないが,このニュースを聞いて,「96歳で心臓手術?」と驚いた人は少なくないはずだ。ツイッタ―などでも,そのような反応のツイートを一般の人だけでなく,医師からも出されていた。

明確な“反対意見”はさすがに見なかったが,皇族であるかどうかという問題ではなく,一般的な感覚として96歳で外科手術をする必要があるのか?という感想は抱いて当然だと思う。

96歳というのはかなり例外的だとは思うが,いわゆる後期高齢者にあたる75歳以上で外科手術を受ける例は現在,ますます増えているらしい。

もちろん心臓だけの話ではない。がんは高齢になるほど増えるので,75歳,80歳になってがんを手術する人は多く,今後ますます増えるであろう。

しかし,例えば,80歳の認知症患者にがんが見つかった場合はどうするか。外科的に(= 医学的に)切除可能ながんであれば,家族がやってくれと言えば,医師は拒否できない(拒否する理由がない)という。しかし,がんをとっても認知症はそのまま残る。

また,これは外科手術ではないが,似たような例は,透析患者にも少なくないようだ。透析患者も高齢になるほど増えるが,認知症を合併している透析患者というのは,透析施設でも頭の痛い問題らしい。認知症のある高齢のがん患者に,がんの切除手術をするよりも面倒なことかもしれない。透析の場合,数時間はおとなしく寝ていなければならず,それが,長期に続くからだ。

かくいうわたしの母親も,2007年に心筋梗塞で倒れ,PCIで救命されたあと,心不全で入退院をくりかえし,翌年,79歳のときに岸和田徳洲会病院で僧房弁置換,バイパス手術など,複数の手術を10時間かけて受けた。そのかいあって,退院後,1年くらいは自宅での生活が可能になったが,その後,やはり心機能が低下し,今年の3月には肺炎を併発して,「もってもあと2週間」と医者から言われた。その後,もちなおし,現在,とりあえずは生きている。

何がいいたいかというと,医療技術の進歩にともない,昔ならもう何もせずに見守りましょう,という年齢の高齢者に手術や透析など(胃ろうもそうだが),さまざまな介入や治療が行われるようになってきている。医学的な適応は医者が判断することであり,それが適応であれば,医師は拒否しない(拒否できない)が,本当にこのままでいいのだろうか。

これは微妙でセンシティブな問題なので慎重に書きたいところだが,やはり,子どもや青年,壮年と後期高齢者以上の年齢の人の命は同じようには扱えないのではないか。もちろん,すべての人に平等に,最高の医療を提供する,のが理想だし,それができるにこしたことはないが,それができない状況はいずれやってくるのではないか(現状でも,実際はそうだが)。

時間がないので,ここで筆を置くが,三笠宮さまの心臓手術のニュースは,最近,考えているいろいろなことと関連があり,どうも落ち着かない気分にさせられた。「高齢になったらどの程度までの医療を受けるか」。この問題は,あと20年もすれば自分の問題として真剣に考えなければならない。そして,これからの日本人が真剣に考えなければならない問題だと思う。

韓国ドラマ <スカーレットレター~ 裏切りの代償~> つっこみどころ満載だがハマってしまった

これもツイッタ―で“告白”したが,最近,韓国ドラマのスカーレットレターにはまっている。今回の放映がいつ始まったのか知らないが,BS朝日で週5日,午前2時~4時まで(1回1時間のドラマを2回分続けて)放送している。全部で80何回のシリーズで,いま,40何回かが終わったところだ。

たぶん,20回を過ぎたあたりから見始め,最初は夜遅く帰宅して,偶然つけたチャンネルをボーとみていただけだが,話の筋がわかるとおもしろくなり,先週あたりからHDに録画し始めた。しかし,1日2時間で週5回,週に10時間も録画されるので,HDはすぐにいっぱいになり(子供や配偶者が撮り溜めしている番組も多いので),見ては消去の毎日で困っている。

ホーソンの小説「緋文字」が原作。原作を読んだことはないので(高校の英語の教科書にホーソンの話があったような記憶が少し残っている)どこまで忠実かは不明だが,時代も国も違うので相当,脚色してはいるだろう。つっこみどころも満載だがおもしろい。

韓国ドラマは昔,冬のソナタが流行ったころ(そういえば,今朝もどこかのチャンネルで冬のソナタの再放送があった),続けて観たことがある。冬ソナは主題歌にはまって,ハングル語で一生懸命練習して完璧に歌えるようになったのに,日本のカラオケ屋には冬ソナの主題歌はない(著作権かなにかのことで韓国側とトラブッたらしい)。

冬ソナもそうだが,スカーレットレターも,ありえないようなドタバタ(?)の連続で,「こんなの,おかしいだろ」「ふつうならこうするだろ」とつっこみたくなるような場面がいっぱい出てくるが,それでも「アホくさ」とチャンネルを回す(この言い方も死後か?)気にはならない。くだらない日本のバラエティー番組や政治家の離党,新党結成のドタバタニュースよりもはるかに真面目に見ることができる。

つっこみどころ満載なのに観てしまうのは,荒唐無稽なストーリーとはいえ,人間の性(さが)に触れる部分があるからだろう。

わたしはもちろん,チャ・ヘラン役のキム・ヨンジュ(仲間由紀恵に似た女優さん)が好きだが,ハン・インソ役のイ・セナも悪くない(いずれも容姿からの好み)。ヒロイン,ハン・ギョンソ役のイ・スンヨンはだんだん怖くなってきた(チャ・ヘランらの陰謀で暴行を加えられ,チャン・ジェヨン[役者はキム・ヨンホ]との間に身ごもった赤ちゃんが流産に終わったところまで見終わった。離婚届けをジェヨンとヘランに差し出して,復讐の宣戦布告をした場面は怖かったあ)。

字幕で観賞しているので,耳に入るハングル語(韓国語)も興味深い。日本語と構造が似ており,時々,同じような言葉が聞こえてくるのは以前から知っていたが,ドラマを続けてみているとよけいそのことを感じる。養育費,教育費はほぼそのままに聞こえたし(もっとも最後はヒではなく,ピ,に聞こえた),約束もヤクソク,と聞こえた。

わからないのは,オッパー,と言う言葉で,字幕をみると,先輩,というときにオッパーといっているが,どうも先輩という言葉の対訳ではなく,もっと広い意味があるようだ。オッパーといって,ほかの字幕がでることもあるからだ(具体的な場面は失念)。ジャッカ,とうのも,イ監督(イ・ドンジュ)(俳優はチョ・ヨヌ)がハン・ギョンソに対して,ハンジャッカ,と呼ぶ場面が何度もあり耳に残っているが,ジャッカ = (日本語の)~さん,でもなさそうだ。真剣にハングル語を覚える気はないが,こんなふうに字幕と比べていろいろ想像するのも楽しい。

とはいえ,80数回ということは,1回1時間だから合計80数時間。これを全部みたら1日8時間勤務のサラリーマンが10日間以上,有給休暇を取ったのと同じことになる。いや,フリーランス(個人事業主)に有給休暇は一秒もないので,10日以上,仕事をしていないのと同じか。韓国ドラマの魔力,恐るべし。

書店の立ち読みで十分-「ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか」

6月14日に米国糖尿病学会(ADA)から戻ってはや1カ月。この間,取材仕事ではない原稿書きの仕事がそれなりにあったので暇ではなかったものの,忙しいというよりはダラダラと能率の悪い毎日が続いている。

ツイッタ―をやるとブログの更新頻度が減るのではないかと予想していたがその通りになってしまった。

2~3日前,ツイッタ―でつぶやいたが,「ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか(ピアーズ・スティール著,池村千秋訳」(阪急コミュニケーションズ)を読んだ。上記のとおり,この1カ月は5~6月の出張疲れからか,もともとエンジンのかかりが遅い仕事ぶりに拍車がかかり(この拍車の使い方はなんかヘンだな),まさに先延ばし(procrastinate)の毎日だった。いや,今もそれは続いているので,先延ばしの毎日である,と言うほうが正確か。ブログなんぞを書いている場合ではないのだ。

約300ページのこの本は<先延ばし研究10年超の世界的権威が人類永遠の課題をユーモアたっぷりに解き明かす!>という宣伝文句が裏表紙にあり,本の帯には<「ぐうたら癖」はDNAに書き込まれていた!? 原因がわかれば克服法も見えてくる>というコピーが載っているが,これを見ただけで胡散臭いと感じなかった自分が情けない。

原文のタイトルは“The Procrastination Equation”(先延ばしの方程式)で,

モチベーション = 期待 X 価値 /衝動性 X 遅れ

というのがその方程式らしい。第6章までこの方程式と先延ばしによる損失(個人にとっても,集団,国にとっても)の説明。第7章から第10章が先延ばしの克服方法の解説,という構成になっている。第6章までは先延ばしをする人間の実像や脳のメカニズム,症状などが記述され,それなりに興味を持って読んだ。第4章のファイスブックをはじめととするソーシャルメディアが現代人の時間を奪っているというあたりもおもしろかったが,後半(第7章からの先延ばしを克服する方法)に入ると急に陳腐になる。

言葉多くして中身なし,の典型で,<明確なゴール設定>,<行動プラン>,<必要なのは信じること>など空疎な言葉が並ぶ。

この本を読んで先延ばしを克服できる人はそもそもこの本を読む必要がないし,先延ばしを克服できない人はこの本を読んでも克服はできない。

まあ,このことはこの本に限ったことではないのだが。。。。

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