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2012年9月17日 (月)

嫌いな人間-いいとこ取りするやつ,あれもこれも欲しがるやつ-最近の諸問題(尖閣や竹島の問題)やそれに対する“著名人”の反応など

またわけのわからんタイトルを。尖閣,なんて言葉を入れてアクセス数増やそうとしているのか(笑)。ま,そういうスケベ根性もないではないが,自分のブログのアクセス増えてもわたしには何のメリットもない。広告で稼いでいるわけでもないし(稼げるほどのアクセスないし),仕事のための営業サイトでもない。

尖閣列島への中国人上陸と日本政府の尖閣購入決定以降,反日デモが中国全土でかなり広まっているようである。私の配偶者の姉の夫(つまり,私の義理の兄)も中国の某工場の責任者として単身赴任しているので心配している。

ツイッターでは宋文洲氏のツイート(石原都知事や猪瀬副知事に対する批判的つぶやき多い)や猪瀬氏の言い訳がましいツイート(そもそも~だ,なんてね)をおもしろく見ており,わたしもちゃちゃを入れるツイートを何度かつぶやいた。

正直なところよくわからない。今後の展開がどうなるのか(近く,尖閣の日本海域で大量の中国漁船に漁をさせる計画,なんてのも読んだ)。

ただ,1つだけ確信したのは,いわゆる著名人たちがいかに無責任かつうわついた気持ちでいろいろつぶやいているかということだ。

ちょっと話がそれるが(←いつものこと。でも,根っこでは関係あるつもりです),わたしは自分も含めてだが,日本人のモラトリアム人間的な国民性は国際社会で生きていくうえで大きな欠点だし,それがここ数十年でますます強まっていると感じている。このブログでも以前少し書いたが,日本人全体がとモラトリアム人間になってきている。

国が豊かになるにつれ,モラトリアム人間が増えるのはほかの先進国でも共通しているだろうが(そもそもこの言葉はアメリカのエリクソンが提唱したものだし,そのモデルとなったのもアメリカのサリンジャーの小説だ),日本はそれがもう国民性のようになってしまっているのではないか。

わたしなりにモラトリアム人間をパラフレイズ(違う言葉で言い換え)してみると,モラトリアム人間とは,いいとこ取りをしようとするやつ(国民)である。

責任あるポジションと気楽さ,有名と自由気まま,正社員と面倒な人間関係からの解放,家族を持つことと子育ての苦労を免れること,自由気ままに腹いっぱい食べたいものを食べることと適正体重を維持すること,などなど,その他例をあげればいくらでもあるが,この世においてあれもこれも手に入れられることはなく,毎日,毎時間,毎分,毎秒の生活のなかで人は優先順位をつけ取捨選択に迫られていることくらい,ある程度成長すれば,誰でもわかるようにならなければならない。

このわかるは,頭で理解するという意味ではなく(そんなことは中学生でもできる),それを心から理解し,行動に反映されるようになるということだ。

それなのに,子どもみたいなウダウダを言っている大人が日本には多すぎる。それが,尖閣や竹島問題となんの関係があるのかって?まあ直接は関係ないんだけど(なんじゃ!)。

いや,尖閣や竹島問題をあまりにも無責任に論評する著名人が多く,それが大きく間違っていても,誤りを認めようともせず,反省の弁もなく,ただ言い訳や言い逃ればかりをつぶやく。それは,まさにあれも(自分の意見を自由に述べ),これも(例えそれが間違っていることが明らかになっても,自分の立場を以前と同じように維持できる)が可能だと思っている証拠だ(かなり無理くりにまとめた)。

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