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2013年4月

2013年4月30日 (火)

結果的にそうなったことと,意図的にそれをすることには天と地の差がある―その①

またまた1カ月が過ぎた。もう4月も終わり。1年の3分の1が過ぎたことになる。信じられないくらい時の経過がはやい。しかし,毎日は辛い。

さて,また分けのわからんタイトルを書いてしまったが,月に1度は更新したいのでとりあえず書いておこう(明日とあさってはまた大阪。朝5時過ぎのバスに乗らななければならない。おっと,もうすぐ4時過ぎだ)。

わたしは,こんなことはわかりきったことだと思うのだが,どうも世の中には<結果としてそうなる(なった)こと>と<意図してそれをすること>の区別がつかない人が多いようだ。

以前,「想像力と覚悟のなさ―なんでもこれで説明してやる」などという記事を書いたが,今回も喩えの範囲を広げると,例がいくらでも浮かんできて,それこそ,なんでもこれで説明してやる,という気分になるが,時間がないので1つだけ。

例えば,<世の中には理不尽なことが多い>,<武道やスポーツの厳しい稽古・練習は世の中の理不尽さを子どもや生徒に教えるいい機会である>などという人が時々いる。

<世の中には理不尽なことが多い>ことは事実だし,<大人になるということは(程度の差こそあれ)そういう理不尽さに耐える力を身に着けることである> ことも事実として認めよう。

しかし,そういった<理不尽さに耐える力>は,(いろんな経験を通した結果として)いわば自然に身につくもの,あるいは,無理やり身につけさせられる(身に着けさせられた)ものであり,武道やスポーツの指導者が<理不尽さを学習させること>を自らの指導の一部として肯定することとはまったく別である。

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