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2016年12月17日 (土)

<赤い罠 ディオバン臨床研究不正事件(桑島巖)>を読む

赤い罠 ディオバン臨床研究不正事件>(桑島 巖 著、日本医事新報社)を読んだ。2000年11月に発売されたノバルティスの降圧薬、ディオバン(一般名 = バルサルタン)を使った一連の臨床試験(医師主導臨床試験)が実際は“製薬メーカー主導試験”であり、ノバルティス社の1人の社員が大きな役割を果たした“壮大なマーケティング実験”であったことが詳しく描かれている。

Photoディオバン事件とも呼ばれるこの論文不正事件では、5つの臨床試験(慈恵ハート研究、京都ハート研究、VART研究、SMART研究、名古屋ハート研究)のすべてにおいて統計解析者として中心的役割を果たしたノバルティス社の元社員が起訴され、懲役2年6カ月が求刑されている(薬事法[現医薬品医療機器法]違反(虚偽記述・広告)の罪)。昨年12月から始まったこの裁判は年内に結審し、判決は来年(2017年)の3月くらいに下されるらしい。

最初に発表された試験は慈恵ハート研究(JHS)で、その結果は、2006年の欧州心臓病学会(ESC)にて東京慈恵会医科大学循環器内科の教授(当時)が発表。論文は一流のジャーナルとされている『Lancet』に掲載された。

この本の著者である桑島氏(東京都健康長寿医療センター顧問。高血圧の専門家)は、すでに2008年8月頃からJHSや、ディオバンと同じARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)に属するブロプレス(一般名 = カンデサルタン、武田薬品)のCASE-J 試験の問題点を指摘していた。当初は試験に関わった研究者やその擁護者から批判を浴びたが、京都大学の由井芳樹氏による「Concern」(一連の試験結果に共通する不自然かつありえないデータの特徴を指摘したLetter to the editor)が『Lancet』に掲載されると流れは急変し、さまざまな調査が関係施設でなされた結果、最終的にはすべての論文が撤回されるに至った。

わたしは1994年から2006年4月まで、広告や記事体広告を主たる収入源とする週刊医学新聞で編集や記者として働き、2006年5月~2007年12月までは同じ業界の広告代理店(医療用医薬品の専門代理店)に勤務していたので、ディオバンの赤い広告全盛期をまさに<謳歌>した世代であり、当時の自分の給料やボーナスの何万分の1かはノバルティス社からの広告収入が源であったことになる。

もちろん、業者の一社員(一応は出版社[新聞社]であり、メディアではあるが、実態は広告媒体であり、製薬メーカーから見れば“業者さん”であった)であったわたしが今さら<反省>したり<なんらかの責任を感じる>などと書けば噴飯ものだし、実際問題として、2006年前後に次々と発表されたARB関連の臨床試験の問題点を冷静に分析できたのは、この本の著者をはじめ、ごくわずかの専門家だけであったと考えられる。

この本に記されている事実関係は、すでにネットなどでも十分得られる情報だが、当初から一連の試験の不自然さに気づき、それを質してきた桑島氏によるこの本は、2000年頃から流行り始めた科学的根拠に基づく医療(Evidence-based Medicine;EBM)を“宣伝に基づく医療(AD-based Medicine)(本の179頁)として利用してきた製薬業界の姿勢を浮き彫りにするものとなっている。

この本はディオバン事件だけを取り上げたものだが、EBMをAD-based Medicineに利用する流れは、日本に限った話ではなく、米国や欧州の医学会議に出席すれば、その状況は一目瞭然だ。もちろん、循環器領域に限った話ではない。

さて、ここまで書いてきて、『どうしたもんじゃろのう』(9月に終わった朝ドラ、<ととねえちゃん>の口ぐせ)とキーボードを打つ手が止まってしまった。この業界のライターとして少なくともあと10年は仕事をしていかなければいけない自分にとっては、第2、第3の<ARBバブル>が発生してくれたほうが(仕事がたくさん発生するので)収入面では助かるのだが、幸か不幸か、そのような時代はもうやってこない。

それでも、さまざまな領域で新薬はやはり出るし、科学的な意味(意義)のある試験や研究がゼロになるはずもない。ただ、むかしのような似非エビデンス(後付けのサブ解析や試験開始後のプロトコール変更から生まれたデータ)を科学的データとして販促材料に使うことはもうできないだろう。

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