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2017年4月

2017年4月 6日 (木)

英語を教えるということ-その2

ネットで遊んでいたら、英語教育に関連したさまざまな記事やツイートが目についてしまい、仕事が手につかなくなった。まあ、基本、暇だからいいか。やらなければいけない翻訳や原稿書きが全然ないわけではないが、締切はまだだからちょっとブログで遊ぶことにした。

前回のエントリーに書いた通り、昨年半ばから、中学生(2年)の息子に「自己流」で英語を教えており(教えるというより、自分では訓練しているつもり)、春休みからは娘(小6)にも時々、教えることにした。しかし、矛盾しているようだが、小学校での英語必修化や教科化(2020年から全面施行されるそうだ)、大学や企業でのTOEICを中心とする英語テストの重視(偏り?)など、最近の『英語ブーム』には違和感を感じる。

ネットなどでは、TOEICerと呼ばれる人たち(毎回のようにTOEICを受け、満点[990点]をとるような人たち)がいる一方、アンチ英語試験のような人たちがいろいろつぶやいている。どちらも読んでいて面白いが、ちょっと冷やかに考えると、ほとんどの人は「ポジショントーク」じゃないかと思えてしまう。

英検やTOEIC、TOEFL、なんでもいいが、そういった英語テストに対するわたしのスタンスは昔から一貫していて<英語勉強のモチベーションになるのであれば、そういった試験を目標にすることは悪くはない。だが、そういった試験を受けなくても、英語の勉強[訓練]、努力を続けられる人はそれでもいい。どちらにせよ、肝心なのは実力> というものだ。

もっとも、TOEICのスコアなどで就職や会社の昇進が影響を受けるという現実が存在するので、<英語試験産業>がこれほど繁盛しているのだろう。

個人的には、各テストに合わせたテクニック的な勉強や指導は好きではない。そういった勉強の仕方は、期待とは逆に無駄な努力になるような気がする。また、当該テストの問題集などをやるとしても、例えば、試験の1週間前に少しやるだけ、くらいがちょうどいいのではないだろうか。

英語だけで行う授業(ダイレクト・メソッド、というのだろうか)に関しては、数年前にこのようなエントリー(楽天やユニクロの英語,社内公用語化に思うこと、「社内公用語」や「学会公用語」を英語にすることはムダな気がする)を書いていることからもわかるように、外国人(の先生)と話せば英語がうまくなる、とか、外国で暮らしさえすれば英語がうまくなる、というような考え方にはまったくくみしない。

学会については、最近、国内学会の取材仕事そのものがほとんどないので状況がまったくわからないのだが、日循や心不全学会、などは今でも、すべての発表を原則、英語でやっているのだろうか。状況をご存じの方がいたら教えて下さい。

ユニクロの社内英語公用語化のその後の様子に関しては、最近、President Onlineにこのような記事が載っていた<「英語強制」丸5年 ユニクロ社員はペラペラか?

いずれにしても、英語というのは簡単には習得できないし、教えるのもかなりやっかいだ。したがって、中途半端に英語を「マスター」しようなどとは思わないほうがよいような気がしている。

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