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2019年8月

2019年8月24日 (土)

「平場の月」(朝倉かすみ 著)感想



久しぶりに小説を読んだ。 著者の名前は全然知らなかったのだが、わたしが住む埼玉の地元(埼玉南部の3都市から池袋あたりまで)が舞台という宣伝チラシを地元の旭屋で見かけたので、何カ月か前に衝動的に購入していたものだ。8月は(も、のほうが正確)仕事が暇だったので、退屈しのぎに読んでみた。

地元の中学の同窓生の男女(現在50歳)の「大人の恋愛」物語だが、最初は人称(話者)がころころ変わる語り口に少し閉口した。読みにくいと感じたが、この文体はこの著者の特徴らしく、ネットで読んだ文学賞の講評などでも、この著者の特徴として言及されているものがあった。(もっとも、最初に感じた文体の読みにくさは30頁くらい我慢していたら、慣れた)。ちなみにこの小説は第32回山本周五郎賞受賞を受賞し、直近の直木賞の候補にもなった(直木賞は受賞せず)。

ネタバレになるので話の内容は詳しく書かないが、それぞれ(特に女性が)成人後、複雑な人生を歩んできた二人が地元で再開し、恋愛に至る。地元の地名や店の固有名詞が頻繁に出てくるので、新座、志木、朝霞あたりに住んでいる人には親近感を感じる小説だ。著者が埼玉の人なのかと思ったが、北海道出身だそうで、現在、埼玉県に住んでいるとのこと。

50歳のおじさん、おばさんの恋愛小説にしては、若々しさを感じるのは、2人がお互いを中学時代と同じように、苗字で呼び合っているからだろう(山田、高橋、のように。小説で出てくる名前は山田、高橋ではない)。中年になってから同窓会などに出席したことのある人ならわかると思うが、お互い老けているのに、中学生の同窓生なら中学時代にタイムスリップする感じがある。この小説はそういう錯覚をうまく利用して、50歳同士の恋愛なのに、もっと若い人の恋愛のような印象を与えることに成功している。内容は結構シビアだが、読者の想像でどのようにも(いいように)思い描けるよう、お互いの容貌については特徴は書いているが、細かい描写はない。

エンディングに至るまでの、別れ(会わない)の期間の設定ががちょっと唐突というか、不自然な気もしないでもないが、最後は泣かせてくれる。

しかし、イトーヨーカドーなら全国区なので、説明なしでもスーパーマーケットだとわかるが、ヤオコー、という名前を聞いて、埼玉県以外に住む人がスーパーマーケットだとわかるのだろうか。新座志木中央病院は何度も出てくるし、アサカベーカリーも出てきた。そのほかにも、ああ、あそこの公園か、あの焼き鳥屋のことだな、と、近所でこの2人が動いているようで、かなり楽しめた。




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